削ること、構成すること
21. 不要な文章は、書いた後でも削る
J’écris quelquefois des pages entières que je supprime ensuite complètement, sans pitié.
私はときに何ページも書き、それを後で容赦なく丸ごと削除する。
出典:フローベール「ルイーズ・コレ宛書簡」1852年10月8日(書簡346、当サイト訳)
書いた量と、完成した作品に必要な量は一致しません。削除は努力を無駄にすることではなく、全体を生かす選択です。
企画書や説明文でも、「苦労して書いたから残す」ではなく、目的に役立つかで判断する。見えない削除も完成を支える仕事です。
22. 部分だけでなく、全体を同時に見る
Il faut en composant que j’en embrasse du même coup d’œil une quarantaine au moins.
構成するときには、少なくとも四十ほどの要素を一目で見渡さなければならない。
出典:フローベール「ルイーズ・コレ宛書簡」1852年10月8日(書簡346、当サイト訳)
一文を磨くだけでは、章全体の流れは整いません。人物、時間、場面、伏線など、多くの要素を同時に見渡す必要があります。
複雑な仕事ほど、目の前の一手と全体図を行き来することが大切です。細部に集中した後で目的へ戻る習慣が、迷走を防ぎます。
23. あらかじめ美しく見える場面を疑う
Il faut tant se méfier des endroits qui semblent beaux d’avance !
前もって美しく思える箇所ほど、よく警戒しなければならない。
出典:フローベール「ルイーズ・コレ宛書簡」1852年10月8日(書簡346、当サイト訳)
頭の中で輝く場面は、実際に書くと前後から浮くことがあります。気に入った部分ほど、全体のために冷静に確かめる必要があります。
アイデアへの愛着と、作品への責任を分ける。一番好きな案を残すのではなく、一番役立つ案を選ぶ姿勢です。
24. 人物を愛憎だけで裁かない
Quand est-ce donc que l’on fera de l’histoire comme on doit faire du roman, sans amour ni haine d’aucun des personnages ?
いつになれば、登場人物の誰にも愛や憎しみを抱かず、小説を書くように歴史を扱えるのだろう。
出典:フローベール「ルイーズ・コレ宛書簡」1852年10月8日(書簡346、当サイト訳)
フローベールは、人物への好き嫌いが事実の見方を歪めることを警戒しました。これは無関心ではなく、複数の面を見るための距離です。
バルザックが社会の多様な人物を描いたように、単純な善悪へ押し込めない観察が、小説にも現実理解にも深さを与えます。
25. 進歩という言葉にも問いを向ける
À mesure que l’humanité se perfectionne, l’homme se dégrade.
人類が完成へ近づくにつれて、個々の人間は衰えていく。
出典:フローベール「ルイーズ・コレ宛書簡」1852年10月8日(書簡346、当サイト訳)
これは普遍的な事実ではなく、制度や効率だけを進歩と呼ぶ時代へのフローベールの懐疑です。社会が便利になっても、個人の判断や感性が自動的に育つわけではありません。
ヴィクトル・ユゴーが社会改革への希望を語ったのに対し、フローベールは熱狂から距離を取りました。異なる視点を並べると、進歩を一つの物差しだけで測れないことが分かります。
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まとめ
フローベールの名言25選から見えるのは、感情を否定せず、それを作品へ直接流し込まない姿勢です。感じること、観察すること、言葉を選ぶこと、削ることを別々の工程として扱いました。
彼の厳しさは、最初から完璧であれという命令ではありません。書いてから直し、部分と全体を行き来し、対象をもう一度見る。その反復が文章を磨きます。
この姿勢は、チェーホフの静かな人間観や、自然主義文学が重視した観察とも読み比べられます。いま書いている一文を少し正確にすることが、大きな仕事の次の一歩です。
出典・参考文献
- Gustave Flaubert, Correspondance, Louis Conard, 1926–1927.
- 「ルイーズ・コレ宛書簡」1846年8月8日、書簡114
- 「ルイーズ・コレ宛書簡」1852年7月5–6日、書簡332
- 「ルイーズ・コレ宛書簡」1852年10月8日、書簡346
