嘉納治五郎(1860〜1938年)は、講道館柔道を創始した教育者です。柔道を投げ技や勝敗だけのものとせず、心身の力を目的に沿って最も有効に使う「精力善用」と、自分と他者がともに栄える「自他共栄」へ広げました。
この記事では、1932年に南カリフォルニア大学で行った講演「The Contribution of Judo to Education」から、意味が一続きで完結する25の言葉を選びました。技術、判断、学び、怒り、落胆、協力まで、柔道の原理を現代の仕事と暮らしへつなげて解説します。
英語は1932年の公刊講演本文を基礎とし、明らかな綴りの揺れだけを整えました。日本語は文脈を損なわない自然な訳です。広く流布する出典不詳の短文や、後世に作られた柔道の道徳規範は、嘉納本人の言葉として採用していません。
精力善用と柔らかく応じる嘉納治五郎の名言
1. 「道」は、人生そのものを学ぶこと
Kodokan literally means “a school for studying the way,” the meaning of “the way” being the concept of life itself.
講道館とは文字どおり「道を学ぶ学校」であり、ここでいう「道」とは人生そのものを意味します。
出典:嘉納治五郎「The Contribution of Judo to Education」(1932年)講演前半・講道館と柔道の定義(p.37)(筆者日本語訳)
嘉納治五郎にとって柔道は、技の上達だけを目指す競技ではありませんでした。稽古を通して、力の使い方、判断、他者との関わり方まで学ぶ「人生の学問」でした。
仕事や生活で迷ったときは、目先の勝ち負けだけでなく、「この選択は自分の生き方をどう形づくるか」と一度考えてみてください。短期の得より、長く使える原則が見えやすくなります。
2. 柔道は、柔らかさを生き方の原理にする
Judo means the way or principle of the same.
柔道とは、柔らかく応じることを「道」または原理として学ぶものです。
出典:嘉納治五郎「The Contribution of Judo to Education」(1932年)講演前半・柔道の語義(p.37)(筆者日本語訳)
ここでいう柔らかさは、何でも譲る弱さではありません。状況を観察し、正面衝突を避け、目的を損なわない方法へ切り替える柔軟性です。
意見がぶつかったら、すぐ反論する前に相手の目的を一文で言い換えてみてください。争点と共通点を分けるだけで、力を浪費しない話し合いへ近づきます。
3. 先に譲ることが、力の浪費を防ぐ
But even in this case, it would be better first for me to have given way, because by so doing I should have greatly economised my energy.
自分のほうが強い場合でも、まず相手の力に譲ったほうがよいのです。そうすれば、自分の力を大きく節約できます。
出典:嘉納治五郎「The Contribution of Judo to Education」(1932年)講演前半・譲る原理の説明(p.37)(筆者日本語訳)
勝てる場面でも全力で押し返さないという考えです。必要以上に力を使えば、勝ったとしても疲労、反発、損失が残ります。
今日の作業を一つ選び、「力で押し切らずに減らせる手順はないか」を考えてください。入力を一度にする、定型文を使う、順番を変えるなど、小さな省力化が精力善用です。
4. すべてを貫くのは、心身を最も有効に使う原理
Yes, there is, and that is the principle of the maximum-efficient use of mind and body.
すべてを貫く原理があります。それは、心身の力を最も有効に使うことです。
出典:嘉納治五郎「The Contribution of Judo to Education」(1932年)講演前半・精力善用の提示(p.37)(筆者日本語訳)
嘉納が「精力善用」と呼んだ中心原理です。努力の量を増やすだけでなく、目的に対して方法、順番、力加減が適切かを問います。
始める前に、目的を一文で書いてください。その目的に直接つながらない作業を一つ外すだけでも、同じ時間から得られる成果は変わります。
5. 心身の原理は、健康づくりにも使える
Yes, this same principle can be applied to the improvement of the human body, making it strong, healthy and useful.
同じ原理は身体の改善にも応用でき、身体を強く、健康に、役立つものへ整えられます。
出典:嘉納治五郎「The Contribution of Judo to Education」(1932年)講演前半・身体教育への応用(p.37)(筆者日本語訳)
身体を鍛える目的を、見た目や勝敗だけに置かず、生活でよく働ける状態へ広げています。強さとは、必要なときに必要な力を使えることでもあります。
一分だけ姿勢を正し、肩の力を抜いて深く呼吸してください。激しい運動でなくても、今の身体を目的に合う状態へ戻すことはできます。
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嘉納治五郎の思想を、柔道と教育の両面から読む
精力善用と自他共栄は、技の解説だけでなく、教育論や人生論とあわせて読むと輪郭が明確になります。まずは現在入手できる関連書籍を検索して確認できます。
柔道の原理を生活へ広げる嘉納治五郎の名言
6. 知性と道徳も、使い方によって鍛えられる
It can also be applied to the improvement of intellectual and moral power, and in this way constitutes mental and moral education.
この原理は知的な力と道徳的な力の向上にも応用でき、知育と徳育になります。
出典:嘉納治五郎「The Contribution of Judo to Education」(1932年)講演前半・知育と徳育への応用(p.37)(筆者日本語訳)
知識を増やすことと、知識を善く使うことは別です。嘉納は、理解力や判断力だけでなく、その力を他者と社会のためにどう用いるかまで教育の対象にしました。
何かを学んだら、「これは誰の役に立つか」を一行だけ付け加えてください。知識を目的と影響につなげる習慣が、学びを実践へ変えます。
7. 柔道の原理は、暮らしと仕事にも及ぶ
It can at the same time be applied to the improvement of diet, clothing, housing, social intercourse, and methods of business.
同じ原理は、食事、衣服、住まい、人づきあい、仕事の方法の改善にも応用できます。
出典:嘉納治五郎「The Contribution of Judo to Education」(1932年)講演前半・生活と事業への応用(p.37)(筆者日本語訳)
柔道を道場の中だけに閉じず、日常の選択へ広げた言葉です。生活の質は、大きな決断より、毎日繰り返す方法の良し悪しに左右されます。
学びと生活を結びつける考えは、福沢諭吉の名言にも通じます。今日は食事、片づけ、連絡のうち一つだけ、より簡単で続けやすい方法へ変えてみてください。
8. 柔道は、心身と生活を整える訓練である
So Judo, in its fuller sense, is a study and a method of training in mind and body as well as in the regulation of life and affairs.
広い意味での柔道は、心身を学び鍛える方法であると同時に、生活と仕事を整える方法でもあります。
出典:嘉納治五郎「The Contribution of Judo to Education」(1932年)講演前半・柔道の広義(p.37)(筆者日本語訳)
心、身体、生活を別々に扱わない点が重要です。睡眠不足は判断を鈍らせ、散らかった手順は心を疲れさせます。互いに影響するものとして整える必要があります。
調子が悪いときは、意志の弱さだけを責めず、身体、環境、手順の三つを確認してください。最も直しやすい一か所から整えると復帰しやすくなります。
9. 原理を理解すれば、人生のあらゆる場面へ応用できる
Because the real understanding of the principle not only enables one to apply it to all phases of life, but is also of great service in the study of the art of Jujitsu itself.
この原理を本当に理解すれば、人生のあらゆる場面へ応用でき、柔術そのものの研究にも大きく役立ちます。
出典:嘉納治五郎「The Contribution of Judo to Education」(1932年)講演前半・原理理解の効用(p.37)(筆者日本語訳)
丸暗記した教訓では、状況が変わると使えません。原理を理解するとは、なぜ有効なのかをつかみ、自分の問題へ置き換えられることです。
原理から学ぶ教育観は、新島襄の名言とも重なります。覚えた方法を一つ選び、「なぜ効くのか」を自分の言葉で説明してみてください。
10. 理想的な方法は、最大効率の原理に従う
From what I have already said, anything to be ideal must be performed on the principle of maximum-efficiency.
理想的なものは何であれ、最大効率の原理に従って行われなければなりません。
出典:嘉納治五郎「The Contribution of Judo to Education」(1932年)講演中盤・体育方法の評価(p.38)(筆者日本語訳)
ここでの効率は、速さだけではありません。身体を壊さず、関心を保ち、目的を達し、他の価値も得られる方法かどうかを含みます。
作業時間だけでなく、疲労、再作業、継続しやすさも含めて方法を比べてください。速く終わっても翌日に動けない方法は、全体として効率的とは限りません。
身体・注意・判断を鍛える嘉納治五郎の名言
11. 目的のある動きは、心を伴う
Another value is that every movement has some purpose and is executed with spirit.
もう一つの価値は、すべての動きに目的があり、心を込めて行われることです。
出典:嘉納治五郎「The Contribution of Judo to Education」(1932年)講演中盤・乱取りの身体教育的価値(p.38)(筆者日本語訳)
意味の分からない反復は、注意が散りやすくなります。目的を理解した反復は、動作の質を自分で確かめられるため、学習が深くなります。
始める前に「この作業で何を良くするか」を一つ決めてください。同じ反復でも、観察する点を一つ持つだけで惰性から練習へ変わります。
12. 身体だけでなく、心身を制御する力を育てる
The object of a systematic physical training in Judo is not only to develop the body but to enable a man or a woman to have a perfect control over mind and body.
柔道の体系的な身体訓練は、身体を発達させるだけでなく、男女を問わず心身を十分に制御できるようにすることを目的とします。
出典:嘉納治五郎「The Contribution of Judo to Education」(1932年)講演中盤・身体訓練の目的(p.38)(筆者日本語訳)
制御とは、感情を消すことではありません。緊張や疲れがあっても、それに気づき、目的に合う行動を選び直せる状態です。
焦りを感じたら、行動を止めるのではなく速度を半分にしてください。ゆっくり一手を進めることで、感情に主導権を渡さずに済みます。
13. 相手を見るときは、常に目を覚ましている
Both parties must always be wide awake, and be endeavouring to find out weak points of the opponent.
双方は常に注意を研ぎ澄まし、相手の弱点を見いだそうと努めなければなりません。
出典:嘉納治五郎「The Contribution of Judo to Education」(1932年)講演中盤・乱取りによる知的訓練(p.39)(筆者日本語訳)
対人場面では、自分の計画だけを見ていると変化へ対応できません。嘉納は、相手の動きと状況を継続して観察する力を重視しました。
会話では返答を考えながら聞くのではなく、相手が繰り返した言葉を一つ拾ってください。観察が正確になると、攻めるより先に理解すべき点が見えてきます。
14. 素早く決め、すぐ動く力は訓練できる
At the same time one is trained for quick decision and prompt action.
同時に、素早い決断と迅速な行動が鍛えられます。
出典:嘉納治五郎「The Contribution of Judo to Education」(1932年)講演中盤・決断と行動(p.39)(筆者日本語訳)
考える力と動く力は対立しません。十分な観察を行った後は、機会を逃さない速さが必要です。決断を遅らせ続けることも、力の浪費になります。
迷っている小さな案件を一つ選び、判断材料を三つまでに絞って五分以内に決めてください。取り返しのつくことは、早く試して結果から学ぶほうが合理的です。
15. 注意と観察は、日常生活で役立つ力になる
Exercise of the power of attention and observation in the place of training naturally develops such power, which is so useful in daily life.
稽古の場で注意力と観察力を働かせることは、日常生活で非常に役立つ力を自然に育てます。
出典:嘉納治五郎「The Contribution of Judo to Education」(1932年)講演中盤・注意と観察(p.39)(筆者日本語訳)
観察力は生まれつきの性格だけではなく、何を見るかを決めて繰り返すことで育つ技能です。変化を早く捉えれば、大きな問題になる前に対応できます。
いつもの場所で昨日と違う点を一つ探してください。人の表情、売上、体調、部屋の状態など、小さな差に気づく練習が判断の精度を高めます。
説得・力加減・怒りを考える嘉納治五郎の名言
16. 想像・推理・判断は、問題を解くために欠かせない
For devising means of defeating an opponent, the exercise of the power of imagination, of reasoning and of judgment, is indispensable.
相手に勝つ方法を考えるには、想像力、推理力、判断力を働かせることが欠かせません。
出典:嘉納治五郎「The Contribution of Judo to Education」(1932年)講演中盤・想像力と判断力(p.39)(筆者日本語訳)
ここでいう想像力は空想ではなく、次に起こり得ることを予測する力です。推理で可能性を比べ、判断で一つを選ぶ流れが実践知をつくります。
行動前に「うまくいく場合」「失敗する場合」を一つずつ想像してください。そのうえで損失の小さい一手を選ぶと、考えすぎず慎重さも保てます。
17. 人を動かすのは、強制より説得である
This lesson that suasion, not coercion, is efficacious—which is so valuable in actual life—we may learn from Randori.
強制ではなく説得が有効であるという、実生活で大切な教訓を、私たちは乱取りから学べます。
出典:嘉納治五郎「The Contribution of Judo to Education」(1932年)講演中盤・説得と強制(p.39)(筆者日本語訳)
力、立場、知識で相手を押さえても、納得は得られません。長く協力を得るには、相手が理解できる理由と選択肢を示す必要があります。
お願いをするときは命令形を一つ減らし、理由を一文添えてください。相手の判断を尊重する伝え方は、反発を減らし関係を守ります。
18. 目的に必要な分だけ力を使う
We teach the learner to employ only as much of his force as is absolutely required for the purpose in question.
目的のために絶対に必要な分だけ、力を使うように教えます。
出典:嘉納治五郎「The Contribution of Judo to Education」(1932年)講演中盤・力加減(p.39)(筆者日本語訳)
不足する力では目的を達せず、過剰な力は自分と相手を傷つけます。精力善用は、最小限主義ではなく、目的に対してちょうどよい量を選ぶことです。
文章、説明、作業時間のどれか一つを一割だけ短くしてみてください。成果を落とさず減らせる部分が見つかれば、それが適量へ近づく手がかりです。
19. 行き過ぎても、足りなくても失敗する
There are not a few cases in which people fail in what they undertake simply because they go too far, not knowing where to stop, and vice versa.
人は止め時を知らずに行き過ぎたり、反対に足りなかったりするために、取り組みを失敗させることが少なくありません。
出典:嘉納治五郎「The Contribution of Judo to Education」(1932年)講演中盤・過不足の戒め(p.39)(筆者日本語訳)
完璧主義は、質を高める力になる一方、終える基準がなければ資源を使い尽くします。反対に、急ぎすぎれば確認不足が再作業を生みます。
作業を始める前に「ここまでできたら完了」を一行で決めてください。終了条件があると、行き過ぎと中途半端の両方を防ぎやすくなります。
20. 怒りが尽きるまで、正面から争わない
All that we have to do in such a case is to wait until his passion wears itself out.
そのような場合にすべきことは、相手の激情が静まるまで待つことです。
出典:嘉納治五郎「The Contribution of Judo to Education」(1932年)講演中盤・興奮した相手への対応(p.39)(筆者日本語訳)
激しく興奮している相手に論理を重ねても、情報が届かないことがあります。待つことは逃避ではなく、対話が成立する条件を整える判断です。
感情的な連絡を受けたら、緊急でない限りすぐ返信せず、下書きに保存してください。十分後に読み直し、事実と要求だけを残すと衝突を広げにくくなります。
