西田幾多郎の名言30選|純粋経験・意志・善・自己を考える哲学の言葉

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価値・良心・善

21. 力が価値を決めるのではない

Value is not determined by power; rather, value determines what is powerful for us.

有力によって価値が定まるのではない、かえって価値によって有力と否とが定まるのである。

出典:西田幾多郎『善の研究』第三編「善」第四章「価値的研究」(公開原文を確認。英訳は当記事)

権力や規模があるから価値が高いのではありません。先に価値があり、その価値に照らして何が有力かが決まる、と西田は順序を逆転させます。

数字が大きいことだけで判断せず、自分の目的にどれだけ役立つかを確認してください。成果指標は、価値の代わりではなく価値を測る手段です。

22. 現実を説明するには、目的も問う

A complete explanation of reality must explain not only how something exists, but also what it exists for.

実在の完全なる説明は、単に如何にして存在するかの説明のみではなく、何のために存在するかを説明せねばならぬ。

出典:西田幾多郎『善の研究』第三編「善」第四章「価値的研究」(公開原文を確認。英訳は当記事)

現実を説明するには、原因や仕組みだけでなく、何のために存在し働くのかという目的も問う必要があります。

目的が失われた作業は、手順だけが残って負担になりやすいものです。存在理由を問い直すことで、削るべき仕事と残すべき仕事の区別が明確になります。

23. 自己とは、全体の統一につけた名である

The self is the name given to the unity of this whole.

自己とはこの全体の統一に名づけたのである。

出典:西田幾多郎『善の研究』第三編「善」第十章「人格的善」(公開原文を確認。英訳は当記事)

自己は、ばらばらな感覚や欲求の一項目ではなく、それら全体をまとめる統一につけられた名です。固定した物体より、統一する働きとして理解できます。

一つの感情だけで自分全体を決めないでください。「不安がある」と「自分は不安な人間だ」を分けると、自己の全体性を保てます。

24. 良心は、調和と統一を求める意識である

Our conscience is an act of consciousness that brings harmony and unity.

我々の良心とは調和統一の意識作用ということとなる。

出典:西田幾多郎『善の研究』第三編「善」第十章「人格的善」(公開原文を確認。英訳は当記事)

良心は、外から罰を恐れる感情だけではなく、自分の行為を調和と統一へ近づけようとする意識の働きです。

良心は、言葉、目的、行動の不一致を知らせる働きとしても理解できます。小さな矛盾を減らすことが、自己全体の調和へつながります。

25. 善を求めることは、自己の真を知ること

To seek the good and move toward it is, in the end, to know the truth of oneself.

善を求め善に遷るというのは、つまり自己の真を知ることとなる。

出典:西田幾多郎『善の研究』第三編「善」第九章「善(活動説)」(公開原文を確認。英訳は当記事)

善を求めることは、抽象的な規則を集めることではなく、自分の本当のあり方を知っていく過程です。経験と行動を通じて、自己の真が明らかになります。

今日よかった行動を一つ記録し、なぜ自分に合っていたかを書いてください。自己理解を反省だけでなく、善い行動の実績から育てます。

人格・至誠・愛

26. 自己を忘れたところに、真の人格が現れる

True personality appears when such surface wishes subside and the self is forgotten.

かえってこれらの希望を没し自己を忘れたる所に真の人格は現われるのである。

出典:西田幾多郎『善の研究』第三編「善」第十章「人格的善」(公開原文を確認。英訳は当記事)

表面的な欲望や自己評価が静まり、行為そのものへ没頭したところに、真の人格が現れると西田は考えます。

自己監視が弱まり、相手や仕事へ注意が向いたとき、行為にはその人らしい統一が現れます。人格は自己演出より、対象への誠実な没頭の中で表れます。

27. 至誠は、善い行為に欠かせない

Utmost sincerity is an indispensable condition of good action.

至誠とは善行に欠くべからざる要件である。

出典:西田幾多郎『善の研究』第三編「善」第十一章「善行為の動機」(公開原文を確認。英訳は当記事)

至誠とは、表面的な礼儀ではなく、善い行為を成立させる不可欠な真剣さです。目的と行為の間に偽りを置かない態度を指します。

誤りに気づいたら、弁解より先に事実、影響、修正を簡潔に伝えてください。誠実さを感情ではなく行動で示します。

28. 全力を尽くし、自己意識を越える

Only when one has fully exerted oneself and self-consciousness nearly disappears does the activity of true personality appear.

自己の全力を尽しきり、ほとんど自己の意識が無くなり、自己が自己を意識せざる所に、始めて真の人格の活動を見るのである。

出典:西田幾多郎『善の研究』第三編「善」第十一章「善行為の動機」(公開原文を確認。英訳は当記事)

全力を尽くしたとき、過剰な自己意識が薄れ、人格の活動が自然に現れます。努力の極致は、自分を見せることではなく、仕事へ自分を十分に投入することです。

没頭状態では、自分がどう見えるかという意識が薄れ、能力が一つの仕事へ統合されます。努力の質は、苦しさの大きさより、対象へどれだけ全体を向けられたかに表れます。

29. 善い行為は、愛である

From this point of view, good action may always be called love.

この点より見て善行為は必ず愛であるということができる。

出典:西田幾多郎『善の研究』第三編「善」第十一章「善行為の動機」(公開原文を確認。英訳は当記事)

善い行為は、他者を自分の外側に置いたままでは成立しにくく、相手の立場や全体の調和を含むため、愛として理解できます。

誰かを助けるときは、自分がしたい援助ではなく、相手が実際に必要としていることを一つ尋ねてください。善意を理解へつなげます。

30. 真の善は、真の自己を知ることにある

There is only one true good: it consists in knowing the true self.

真の善とはただ一つあるのみである、すなわち真の自己を知るというに尽きている。

出典:西田幾多郎『善の研究』第三編「善」第十三章「完全なる善行」(公開原文を確認。英訳は当記事)

西田が最後に示す真の善は、真の自己を知ることです。自己を知るとは内面を眺め続けることではなく、経験と行為の統一を通じて確かめることです。

自己理解は、頭の中の分析だけで完成しません。選んだ価値を現実の行動で確かめ、その結果を受け取る往復の中で、真の自己が少しずつ明らかになります。

関連書籍

『善の研究』は、純粋経験から始まり、実在、善、宗教へ進む構成です。西田が影響を受けたウィリアム・ジェームズと比較し、さらに道元の行為と自己の思想や、親鸞の自己理解と読み比べると、日本哲学の背景が見えやすくなります。

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まとめ

西田幾多郎の哲学は、世界を外から眺める自分を出発点にせず、自己と対象が分かれる前の「純粋経験」から考えます。経験、思考、意志は別々に孤立した機能ではなく、意識が統一され発展する異なる面です。

善く生きることも、外から与えられた規則に従うだけではありません。自分の経験、目的、行動を調和させ、真の自己を知っていくことです。至誠は善行に欠かせず、善い行為は愛へつながると西田は考えました。

まずは今の悩みを「事実」「解釈」「次の一分の行動」に分けてください。完全に理解してから動く必要はありません。経験の中で一歩を出し、その結果から自己と現実を知り直すことが、西田哲学を日常へ生かす最小の実践です。

出典・参考文献

  • 西田幾多郎『善の研究』弘道館、1911年。
  • 青空文庫「善の研究」入力・校正済み公開テキスト。
  • 国立国会図書館デジタルコレクション『善の研究』書誌・デジタル資料。
  • 京都大学文学研究科図書館「西田幾多郎関連資料・京都学派アーカイブ」。
  • 石川県西田幾多郎記念哲学館所蔵資料・『善の研究』初版本情報。
  • 日本語の引用は『善の研究』の公開原文を確認し、英訳と各名言の解説は当記事で作成しました。
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