プルタルコスは、古代ギリシアの著述家・哲学者です。『対比列伝(英雄伝)』で知られますが、倫理や教育、友情、怒り、心の平静を扱った随筆集『モラリア』にも、現代の人生へ持ち帰れる言葉が数多く残されています。
不安や考えすぎに疲れたとき、私たちは環境を変えることばかり考えがちです。しかしプルタルコスは、聞き方、話し方、注意の向け方、怒りへの反応、人との結びつき方を見直すよう促します。変えられない状況より、今選べる態度へ戻るための知恵です。
この記事では、『モラリア』に収められた本人の説明文から、意味が一続きになる30の言葉を選びました。英語文は公開されているLoeb Classical Library版の英訳を参照し、日本語は文脈を確認した筆者訳です。短い標語だけでなく、その言葉を日常でどう生かせるかも静かに考えていきます。
学び方を変えるプルタルコスの名言
問いを受け止め、自分の考えを育てる姿勢は、プラトンの名言やアリストテレスの名言にも通じています。
1. 学ぶ前に、まず聞く技術を磨く
They think that there must be study and practice in discourse, but as for hearing, benefit will come however it be used.
話すことには学習と練習が必要だと思うのに、聞くことは、どのように行っても役に立つと思い込んでいる。
出典:プルタルコス『講義を聴くことについて』第3節(英訳はLoeb Classical Library版、日本語訳は筆者訳)
話す力ばかりを磨いても、受け取る力が弱ければ学びは浅くなります。聞くことにも、注意の向け方や問いの持ち方という技術があります。
会話や読書の前に、「今日は一つ何を持ち帰るか」と決めてみてもいいかもしれません。目的が一つあるだけで、耳と目は散らかりにくくなります。
2. 受け取る力が、伝える力の土台になる
In the use of discourse its proper reception comes before its delivery, just as conception and pregnancy come before parturition.
言葉を用いるには、まず正しく受け取ることが、伝えることに先立つ。受胎と妊娠が出産に先立つのと同じである。
出典:プルタルコス『講義を聴くことについて』第3節(英訳はLoeb Classical Library版、日本語訳は筆者訳)
よい発言は、よい受信から生まれます。自分の意見を急いで出すより、相手の言葉が何を意味しているのかを一度受け止めるほうが、対話は深くなります。
返信を急いでいるときは、相手の要点を一文だけ書き直してから返す方法があります。理解を確認する小さな間が、言葉の質を整えてくれます。
3. 沈黙は、若さを守る品格になる
In all cases, then, silence is a safe adornment for the young man.
どのような場合にも、沈黙は若者にとって安全な飾りである。
出典:プルタルコス『講義を聴くことについて』第4節(英訳はLoeb Classical Library版、日本語訳は筆者訳)
ここでの沈黙は、何も考えないことではありません。分からないまま言い切らず、観察し、考える余白を保つ姿勢です。
言葉が強くなりそうな場面では、一呼吸だけ置いてみてください。話さない選択も、自分と相手を守る立派な行動です。
4. 節度をもって聞く人は、言葉を自分のものにできる
The man who has the habit of listening with restraint and respect, takes in and masters a useful discourse.
節度と敬意をもって聞く習慣のある人は、有益な話を受け取り、自分のものにする。
出典:プルタルコス『講義を聴くことについて』第4節(英訳はLoeb Classical Library版、日本語訳は筆者訳)
知識は、耳に入っただけでは身につきません。反発や先入観を少し脇へ置き、自分に使える部分を探すことで、言葉は実践へ変わります。
今日読んだ文章から、一つだけ試せることをメモしてみてもいいでしょう。理解の量より、使える一行を持ち帰ることが大切です。
5. 他人の欠点を、自分を映す鏡にする
We ought to transfer our scrutiny from the speaker to ourselves, and examine whether we unconsciously commit such mistakes.
話し手への吟味を自分自身へ移し、私たちも無意識に同じ過ちを犯していないか調べるべきである。
出典:プルタルコス『講義を聴くことについて』第6節(英訳はLoeb Classical Library版、日本語訳は筆者訳)
人の話し方にいら立つとき、その反応は自分を知る材料にもなります。批判だけで終わらせず、「私は同じことをしていないか」と問い直す姿勢です。
気になった欠点を一語だけ書き、その横に自分の改善点を一つ置いてみてください。相手への不満を、自分の善進へ変える小さな方法です。
6. 心は、満たす器ではなく火を灯す薪である
The mind does not require filling like a bottle, but rather, like wood, it only requires kindling.
心は瓶のように満たす必要はなく、むしろ薪のように、火をつけることを必要としている。
出典:プルタルコス『講義を聴くことについて』第18節(英訳はLoeb Classical Library版、日本語訳は筆者訳)
学びは、情報を詰め込むことだけではありません。自分で問い、確かめ、考え続けたいという火がつくと、知識は生きたものになります。
本を閉じる前に、答えではなく問いを一つ残してみてください。「私はこれをどう使うか」と書くだけでも、思考は動き始めます。
言葉と沈黙を見直すプルタルコスの名言
7. 話し続ける人は、自分の言葉に耳を塞がれる
The remedy, words of reason, requires listeners; but the garrulous listen to nobody, for they are always talking.
理性の言葉という治療には聞き手が必要だが、おしゃべりな人はいつも話しているため、誰の話も聞かない。
出典:プルタルコス『多弁について』第1節(英訳はLoeb Classical Library版、日本語訳は筆者訳)
言葉が多すぎると、助言や事実が入る余地がなくなります。話すこと自体が悪いのではなく、自分の考えだけで場を満たしてしまうことが問題です。
会話の途中で一度だけ質問を置き、相手の返答を最後まで待ってみてもいいでしょう。沈黙の数秒が、理解の入口になります。
8. 耳から入った言葉を、すぐ口へ流さない
One might think that the babbler’s ears have no passage bored through to the soul, but only to the tongue.
おしゃべりな人の耳には、魂へ通じる道がなく、ただ舌へ通じる道だけがあるように思われる。
出典:プルタルコス『多弁について』第1節(英訳はLoeb Classical Library版、日本語訳は筆者訳)
聞いたことをすぐ誰かに伝えたくなるとき、内容を理解する前に言葉だけが流れている場合があります。情報の速さより、意味を自分の中へ通すことが先です。
共有する前に「これは正確か、必要か、相手の役に立つか」を一度だけ確認してみてください。三つ全部に答えなくても、一つ問うだけで十分です。
9. 舌には、歯という守りが置かれている
Nature has built about none of our parts so stout a stockade as about the tongue, having placed before it as an outpost the teeth.
自然は、舌ほど堅い囲いを設けた器官をほかに持たず、その前哨として歯を置いた。
出典:プルタルコス『多弁について』第3節(英訳はLoeb Classical Library版、日本語訳は筆者訳)
プルタルコスは身体の形を使い、言葉には慎重さが必要だと示します。口に浮かんだことをすべて外へ出す必要はありません。
怒りや興奮があるときは、唇を閉じて一度息を吐くだけでもかまいません。反応を遅らせる小さな仕組みが、後悔を減らします。
10. 言葉の目的は、相手に信頼されることにある
This is the proper end and aim of speech, to engender belief in the hearer.
言葉の本来の目的は、聞き手の中に信頼を生み出すことである。
出典:プルタルコス『多弁について』第3節(英訳はLoeb Classical Library版、日本語訳は筆者訳)
人を圧倒する言葉より、事実と態度が一致した言葉のほうが長く届きます。信頼は巧みさだけでなく、誠実さの積み重ねから生まれます。
何かを説明するとき、誇張を一つ削ってみてください。少なく語って正確に伝えることが、かえって説得力を高めます。
11. 一度話した言葉は、もう沈黙へ戻せない
It is possible at some later time to tell what you have kept silent, but never to keep silent what once has been spoken.
黙っていたことは後で話せるが、一度話してしまったことを、後から黙っていたことにはできない。
出典:プルタルコス『多弁について』第8節(英訳はLoeb Classical Library版、日本語訳は筆者訳)
言葉には取り消せない面があります。謝罪や訂正は大切ですが、相手の記憶から完全に消すことはできません。
強い返信を送りたくなったら、下書きに置いて一分だけ待ってみてもいいでしょう。送信を遅らせる自由は、送った後には残りません。
心の平静を取り戻すプルタルコスの名言
12. 外側の成功だけでは、心の安らぎは買えない
For what power is there in money or fame or influence at court to help us to gain ease of soul or an untroubled life?
財産や名声、権力者への影響力に、心の安らぎや乱されない生活を得させるどんな力があるだろうか。
出典:プルタルコス『心の平静について』第1節(英訳はLoeb Classical Library版、日本語訳は筆者訳)
お金や評価は生活を助けますが、それだけで不安が消えるとは限りません。外側の条件と、出来事をどう受け止めるかは別の問題です。
今日の安心を、将来の大きな成功だけに預けないでください。温かい飲み物を一口飲む、机を一つ整える。その程度でも今は少し変わります。
13. 忙しさの量より、していることの質を見る
Tranquillity and discontent should be determined, not by the multitude or the fewness of one’s occupations, but by their excellence or baseness.
心の平静や不満は、仕事の多さ少なさではなく、その仕事が優れているか卑しいかによって決まるべきである。
出典:プルタルコス『心の平静について』第2節(英訳はLoeb Classical Library版、日本語訳は筆者訳)
予定が少なければ穏やかで、多ければ不幸とは限りません。納得できることに力を使えているかが、心の感触を左右します。
今日の予定から「しなくても困らない一つ」を外し、「本当に進めたい一つ」を一分だけ始めてみてください。より少なく、しかしより良く、という選び方です。
14. 場所や暮らしを変えても、心の原因はついてくる
The exchange of one mode of life for another does not relieve the soul of those things which cause it grief and distress.
一つの生活様式を別のものへ替えても、魂を悲しませ苦しませる原因から解放されるわけではない。
出典:プルタルコス『心の平静について』第3節(英訳はLoeb Classical Library版、日本語訳は筆者訳)
環境を変えることが必要な場合もあります。ただ、考え方の癖や未整理の問題まで自動的に消えるわけではありません。
「環境の問題」と「自分が選べる対応」を紙の左右に一つずつ書いてみてもいいでしょう。コントロールできる一手が見えやすくなります。
15. 同じ出来事を穏やかに受け止める人から学ぶ
We shall cease blaming and being disgruntled with circumstances if we see others accepting the same events cheerfully and without offence.
同じ出来事を朗らかに、傷つけられたと思わず受け入れる人を見るなら、私たちは状況を責め、不満を抱き続けることをやめるだろう。
出典:プルタルコス『心の平静について』第8節(英訳はLoeb Classical Library版、日本語訳は筆者訳)
出来事そのものと、それへの解釈は完全には同じではありません。同じ状況でも別の受け止め方があると知るだけで、思考の幅が広がります。
苦しいときは、尊敬する人なら何に注目するかを一行だけ想像してみてください。感情を否定せず、別の見方を加える練習になります。
16. すでにある快いものを見落とさない
It is conducive to tranquillity of mind not to overlook whatever we have that is pleasant and attractive.
自分が持っている快く魅力的なものを見落とさないことは、心の平静に役立つ。
出典:プルタルコス『心の平静について』第8節(英訳はLoeb Classical Library版、日本語訳は筆者訳)
人は不足や危険へ注意を向けやすいため、問題があると良いものが視界から消えがちです。感謝は苦しみを否定することではなく、現実の全体を見る作業です。
今ある助けを一つだけ挙げてみてください。人、時間、道具、体力のどれでも構いません。小さな資源を認識すると、次の行動が選びやすくなります。
17. よい条件を通り過ぎ、悪い条件へ急がない
Most persons pass by the excellent and palatable conditions of their lot and hasten to those that are unpleasant and disagreeable.
多くの人は、自分の境遇にある優れた心地よい条件を通り過ぎ、不快で嫌な条件へ急いで向かう。
出典:プルタルコス『心の平静について』第8節(英訳はLoeb Classical Library版、日本語訳は筆者訳)
反芻思考とは、同じ悩みを頭の中で繰り返すことです。嫌な一点へ何度も戻ると、ほかの現実が見えにくくなります。
悩みを書いた後、その下に「それでも保たれていること」を一つ足してみてもいいでしょう。楽観ではなく、偏った注意を戻すための小さな補正です。
18. 他人の評判や運に、自分の人生を奪わせない
Most people neglect their own life, which has many not unpleasing subjects for contemplation, looking ever to externals and admiring the repute and the fortunes of others.
多くの人は、考えるに値する快いものを多く含む自分の人生を顧みず、外ばかりを見て他人の評判や幸運を羨む。
出典:プルタルコス『心の平静について』第9節(英訳はLoeb Classical Library版、日本語訳は筆者訳)
比較は、自分の人生の手触りを薄くします。他人の成果は目立つ一方、その背景や代償までは見えないことが多いものです。
誰かの数字を見て焦ったら、画面を閉じ、自分の作業を一分だけ進めてみてください。注意を自分の現実へ戻すことが、今を取り戻す一歩です。
19. 自分に合わないものを求め続けると、感謝を失う
Through being always conscious that they lack things which are beyond them, they are never grateful for what befits their station.
自分の手の届かないものが欠けていると常に意識するため、自分の境遇にふさわしいものへ感謝できない。
出典:プルタルコス『心の平静について』第10節(英訳はLoeb Classical Library版、日本語訳は筆者訳)
理想は方向を示しますが、欠けているものだけを数えると、現在の価値が消えてしまいます。目標と自己否定を同じものにしないことが大切です。
今日できたことを一つだけ記録してください。小さくても事実として残すと、成長を無視せずに次へ進めます。
怒りに支配されないためのプルタルコスの名言
感情と判断を分ける考え方をさらに読みたい方は、セネカの名言やマルクス・アウレリウスの名言も参考になります。
20. 怒りの命令に、すぐ従わない
The first way to dethrone temper as you would a tyrant, is not to obey or hearken when it bids us cry aloud, but to keep quiet and not intensify the passion.
怒りを暴君のように退ける第一の方法は、大声を上げよと命じられても従わず、耳を貸さず、静かにして激情を強めないことである。
出典:プルタルコス『怒りを抑えることについて』第5節(英訳はLoeb Classical Library版、日本語訳は筆者訳)
怒りが生まれること自体は避けられなくても、その命令に従うかは選び直せます。声を大きくすると、感情はさらに自分をあおりやすくなります。
まず一度だけ声量を下げる、または席を離れる。その小さな中断で十分です。感情を消すより、行動を選び直すことに戻れます。