ウィリアム・シェイクスピアは、悲劇、喜劇、歴史劇、ソネットを通して、人の欲望、愛、迷い、孤独、時間を描いた劇作家・詩人です。四百年以上前の作品でありながら、その言葉は、仕事で失敗したとき、人間関係に疲れたとき、考えすぎて行動できないときにも、心の動きを驚くほど細やかに映します。
この記事では、原典で作品名、幕、場、発言者を確認できたシェイクスピアの名言を30個選びました。戯曲の言葉の多くは、シェイクスピア本人の直接発言ではなく、物語の中で登場人物が語った台詞です。美しい一文だけを作者の人生訓として断定せず、誰が、どのような場面で語ったのかも踏まえて解説します。
英語原文の後に、意味を縮めすぎない筆者訳を掲載しています。不安をすぐに消す答えではなく、出来事と解釈を分け、今できる小さな行動へ戻るための言葉として、ゆっくり読み進めてみてください。
自分を知り、判断を急がないためのシェイクスピアの名言
最初の五つは、聞くこと、自分に誠実であること、思考と知性についての言葉です。
1. 話す前に聞き、判断を急がない
Give every man thy ear, but few thy voice;
Take each man’s censure, but reserve thy judgment.誰の話にも耳を貸し、口を開く相手は少なくせよ。人の批評は聞いても、判断は保留せよ。
出典:ウィリアム・シェイクスピア『ハムレット』第1幕第3場、ポローニアスの台詞(日本語訳は筆者訳)
旅立つ息子レアティーズへ、父ポローニアスが贈る忠告です。人の話を広く聞きながら、自分の意見と最終判断は慎重に扱え、と語っています。
考えすぎているときほど、頭の中では早い結論が作られがちです。すぐに賛成・反対を決めず、まず事実を一つ聞き取る。その間を持つだけで、人間関係の衝突を減らせることがあります。
今日の小さな一歩:返事をする前に、相手の言葉を一度だけ言い換えて確認してみてもいいかもしれません。
2. 自分に誠実であれば、他人にも偽らずにすむ
This above all: to thine ownself be true,
And it must follow, as the night the day,
Thou canst not then be false to any man.何よりもまず、自分自身に誠実であれ。そうすれば、夜が昼に続くように、他人にも偽ることができなくなる。
出典:ウィリアム・シェイクスピア『ハムレット』第1幕第3場、ポローニアスの台詞(日本語訳は筆者訳)
「自分らしく生きる」という言葉は、好き勝手に振る舞う意味にも聞こえます。しかしここでの誠実さは、自分の価値観と言動を食い違わせないことに近いでしょう。
本音をすべて口にする必要はありません。ただ、自分が本当は嫌がっていること、守りたいこと、約束したことを見失わない。内側の基準が定まるほど、相手によって態度を大きく変えずにすみます。
私はこの言葉を、自分を押し通す勧めではなく、自分と他人の双方に対して嘘を少なくする生き方として受け止めています。
3. 出来事の意味は、考え方によって変わる
There is nothing either good or bad, but thinking makes it so.
物事には、良いも悪いもない。ただ、考え方がそうさせるのだ。
出典:ウィリアム・シェイクスピア『ハムレット』第2幕第2場、ハムレットの台詞(日本語訳は筆者訳)
ハムレットは、デンマークを自分にとっての牢獄だと感じる会話の中で、この言葉を口にします。苦しみが想像にすぎないという意味ではなく、同じ場所でも人によって経験のされ方が違う、という台詞です。
認知的再評価とは、出来事そのものではなく、その意味づけを見直す考え方です。「失敗した」から「終わった」へ直結させず、「一つの方法が合わないと分かった」と読み替える余地を探します。
今日の小さな一歩:悩んでいる出来事を一行で書き、その下に「別の見方はあるか」と一つだけ添えてみてください。
4. 賢さは、自分の無知を知るところから始まる
The fool doth think he is wise, but the wise man knows himself to be a fool.
愚か者は自分を賢いと思い、賢い者は自分が愚かであることを知っている。
出典:ウィリアム・シェイクスピア『お気に召すまま』第5幕第1場、タッチストーンの台詞(日本語訳は筆者訳)
道化のタッチストーンが語る、逆説的な知恵です。知識が増えるほど、まだ知らない範囲の広さも見えてきます。自信のなさではなく、学び続けるための余白を持つ姿勢と読めます。
「自分は間違っているかもしれない」と考えられる人は、意見を修正できます。古代哲学の自己認識に関心がある方には、アリストテレスの幸福・習慣・友情に関する名言も、考えを深める手がかりになります。
今日は一つの話題について、答えを出す代わりに「まだ分からない点」を一つ見つけるだけでも十分です。
5. 肩書きより、物事を見る知性を大切にする
Better a witty fool, than a foolish wit.
機知ある道化のほうが、愚かな才人よりましだ。
出典:ウィリアム・シェイクスピア『十二夜』第1幕第5場、フェステの台詞(日本語訳は筆者訳)
道化フェステは、賢そうに見える人と、本当に機転が利く人の違いを短い対比にします。社会的な役割や評判が、そのまま判断力を保証するわけではありません。
言葉の難しさより、相手の状況を理解し、必要なことを適切に伝えられるか。知性は見せるものではなく、現実を少しよく扱うために使うものだと、この一行は思い出させます。
迷いを越え、行動へ移る勇気をくれる名言
不安を消してから動くのではなく、迷いの中で選べる一歩に目を向けます。
6. 疑いに任せると、挑む前に可能性を失う
Our doubts are traitors
And make us lose the good we oft might win
By fearing to attempt.疑いは裏切り者だ。挑むことを恐れるために、手にできたかもしれないものを失わせる。
出典:ウィリアム・シェイクスピア『尺には尺を』第1幕第4場、ルーシオの台詞(日本語訳は筆者訳)
ルーシオは、兄を救うために行動するようイザベラを促します。ここで責められているのは慎重さではなく、失敗を恐れて試すことさえ放棄する状態です。
不安を完全になくしてから始めようとすると、開始条件がいつまでも整いません。行動活性化は、気分が変わるのを待たず、小さな行動から状況を動かす考え方です。
今日の小さな一歩:成功させるのではなく、ファイルを開く、問い合わせ文の宛名を書くなど、一分の試行に変えてみましょう。
7. 外の準備より先に、心の覚悟を整える
All things are ready, if our minds be so.
すべての準備は整っている。私たちの心さえ、その覚悟ができているなら。
出典:ウィリアム・シェイクスピア『ヘンリー五世』第4幕第3場、ヘンリー五世の台詞(日本語訳は筆者訳)
戦いを前にした王の言葉であり、危険な歴史的場面に置かれています。現代の日常へ移すなら、道具や情報を増やし続けても、最後には始める決断が必要だという意味で読めます。
準備不足と、完璧な安心を求めることは別です。必要条件がそろっているなら、次の一手を選ぶ。覚悟とは怖くなくなることではなく、怖さを抱えたまま行動を決めることかもしれません。
8. 機会には、乗るべき潮時がある
There is a tide in the affairs of men,
Which, taken at the flood, leads on to fortune;
Omitted, all the voyage of their life
Is bound in shallows and in miseries.人の営みには潮時がある。その満ち潮に乗れば幸運へ至るが、逃せば人生の航海は浅瀬と苦境につながれてしまう。
出典:ウィリアム・シェイクスピア『ジュリアス・シーザー』第4幕第3場、ブルータスの台詞(日本語訳は筆者訳)
ブルータスが軍事上の決断を迫る場面の比喩です。どんな機会にも飛びつけという話ではありませんが、時間の影響を受ける選択があることは確かです。
考えるほど判断材料が増えるとは限らず、期限を過ぎれば選択肢そのものが消える場合もあります。自分で決められる期限を短く置くと、反芻思考、つまり同じ迷いを繰り返す状態から抜けやすくなります。
今日の小さな一歩:迷っていることに「今日の何時までに仮決定する」とだけ書いてみてください。
9. 言葉より先に、行動が人へ伝わる
Action is eloquence, and the eyes of the ignorant
More learned than the ears.行動こそ雄弁であり、事情を知らない人の目は、耳よりも多くを学ぶ。
出典:ウィリアム・シェイクスピア『コリオレイナス』第3幕第2場、ヴォラムニアの台詞(日本語訳は筆者訳)
ヴォラムニアが息子へ、民衆の前で態度を示すよう説く場面です。相手を説得するための演技という複雑な文脈があるため、「何でも行動すれば正しい」という標語ではありません。
それでも、約束を守る、返信をする、手伝いに入るといった具体的な振る舞いが、長い説明より信頼を作ることはあります。伝えたい価値を、一つの行動で見える形にするという読み方ができます。
今日の小さな一歩:「大切にしています」と言う代わりに、五分だけそのための行動を選んでみてもいいかもしれません。
10. 変えられる手段は、自分の内側にもある
Our remedies oft in ourselves do lie,
Which we ascribe to heaven.救いはしばしば私たち自身の中にあるのに、私たちはそれを天に委ねてしまう。
出典:ウィリアム・シェイクスピア『終わりよければすべてよし』第1幕第1場、ヘレナの台詞(日本語訳は筆者訳)
身分差のある恋を前に、ヘレナが自分の計画を固める独白の一節です。運を否定するのではなく、運だけに任せて自分の手段を眠らせない姿勢が表れています。
変えられない条件と、今の自分が選べる行動を分ける考え方は、コントロールの二分法にも通じます。結果は支配できなくても、調べる、相談する、試すという一手は選べます。
答え全体を見つけなくてもかまいません。今の問題で、自分が動かせる部分を一つ丸で囲むところから始められます。
逆境と悲しみを抱えながら進むための名言
痛みを美化せず、それでも苦しみの中で自分を守り、次へ進むための言葉を集めました。
11. 逆境の中にも、見落としていた価値がある
Sweet are the uses of adversity,
Which, like the toad, ugly and venomous,
Wears yet a precious jewel in his head.逆境には甘美な働きがある。醜く毒をもつヒキガエルが、頭に尊い宝石を宿すように。
出典:ウィリアム・シェイクスピア『お気に召すまま』第2幕第1場、追放された公爵の台詞(日本語訳は筆者訳)
森へ追放された公爵は、不自由な暮らしの中で、宮廷では得られなかった気づきを見いだします。苦しみ自体を美化するのではなく、望まない状況にも別の働きが生まれうるという比喩です。
失敗の直後に意味を探す必要はありません。まず損失や痛みを認め、少し時間がたってから「ここで分かったことは何か」と尋ねる。その順番なら、前向きさを自分へ強要せずにすみます。
12. 悲しみには、壊れる前に言葉を与える
Give sorrow words: the grief that does not speak
Whispers the o’er-fraught heart and bids it break.悲しみに言葉を与えよ。語られない悲しみは、張りつめた心にささやき、ついにはそれを破ってしまう。
出典:ウィリアム・シェイクスピア『マクベス』第4幕第3場、マルカムの台詞(日本語訳は筆者訳)
家族を殺された知らせを受けたマクダフへ、マルカムがかける言葉です。悲しみを早く乗り越えよとは言わず、まず語る場所を与えようとしています。
感情に名前をつけたり、紙へ短く書いたりすることは、混ざり合った苦しみを少し整理する助けになる場合があります。話せない日は、「悲しい」「悔しい」「怖い」のどれに近いかを選ぶだけでもかまいません。
今日の小さな一歩:解決策を書かず、今の感情を一語だけメモしてみてください。
13. 最悪だと言えるうちは、まだ終わりではない
The worst is not
So long as we can say ‘This is the worst.’「これが最悪だ」と言えるうちは、まだ最悪ではない。
出典:ウィリアム・シェイクスピア『リア王』第4幕第1場、エドガーの台詞(日本語訳は筆者訳)
追われる身となったエドガーが、さらに苦しい現実に出会う直前に語ります。楽観的な慰めというより、人は「底だ」と思った後にも現実と向き合わなければならないという、厳しい認識です。
それでも、状況を言葉にできることは、次の選択が残っている証でもあります。全体を立て直そうとせず、安全を確保する、誰かへ連絡する、今日の作業を一つ減らす。現実を一ミリ善くする一手へ戻れます。
逆境と孤独を別の角度から考えたいときは、ニーチェの人生・孤独・逆境に関する名言も参考になります。
14. 苦しみの外にいる人ほど、簡単に我慢を勧める
A wretched soul, bruised with adversity,
We bid be quiet when we hear it cry;
But were we burdened with like weight of pain,
As much or more would we ourselves complain.逆境に傷ついた魂が泣くと、私たちは静かにせよと言う。だが同じ重さの苦しみを背負えば、私たちも同じか、それ以上に嘆くだろう。
出典:ウィリアム・シェイクスピア『間違いの喜劇』第2幕第1場、エイドリアーナの台詞(日本語訳は筆者訳)
夫を待つエイドリアーナは、当事者ではない妹から「辛抱して」と言われ、外側にいる人の助言の軽さを指摘します。苦しむ人へ正論を急いで渡さないための、鋭い台詞です。
セルフコンパッションとは、苦しんでいる自分にも、親しい人へ向けるような理解を向ける態度です。「もっと我慢できるはず」と責める代わりに、「同じ痛みを抱えた人へ何と言うだろう」と考えてみます。
個人的には、この言葉の強さは、忍耐を否定することではなく、忍耐を求める前に痛みの重さを想像せよと迫るところにあると思います。
15. 手の届かない過去と、今できることを分ける
What’s gone and what’s past help
Should be past grief.過ぎ去り、もう手の施しようのないことは、悲しみも過去のものにすべきだ。
出典:ウィリアム・シェイクスピア『冬物語』第3幕第2場、ポーリーナの台詞(日本語訳は筆者訳)
この一節は、王の過ちによって深い死と喪失が生じた直後に語られます。ポーリーナ自身が言い過ぎを悔い、これ以上苦しめまいとする場面であり、悲嘆を簡単に終わらせる命令ではありません。
変えられない過去を忘れることと、過去だけを反復して現在の力まで失うことは別です。償えること、守れる人、今日引き受ける責任へ目を戻すと、悲しみを否定せずに前へ進めます。
今日の小さな一歩:紙を二つに分け、「もう変えられないこと」と「今日選べること」を一つずつ書いてみてもいいかもしれません。
愛と人間関係を静かに見つめ直す名言
愛、信頼、慈悲は、きれいな感情だけではありません。距離、変化、責任まで含めて考えます。
16. 広く愛し、信頼は慎重に、誰も傷つけない
Love all, trust a few,
Do wrong to none.すべての人を愛し、信じる人は少なく、誰にも悪をなすな。
出典:ウィリアム・シェイクスピア『終わりよければすべてよし』第1幕第1場、伯爵夫人の台詞(日本語訳は筆者訳)
伯爵夫人が、宮廷へ向かう息子バートラムへ与える助言です。好意と信頼を同じものにせず、他者への善意を保ちながらも、距離と判断を失わないよう勧めています。
誰にでも親切であることと、誰にでも自分の秘密や時間を預けることは別です。人間関係に疲れたときは、嫌うか信じ切るかの二択ではなく、礼節を保ちながら距離を調整する道もあります。
17. 真実の愛にも、平坦ではない道がある
The course of true love never did run smooth.
真実の愛の道が、平坦だったためしはない。
出典:ウィリアム・シェイクスピア『夏の夜の夢』第1幕第1場、ライサンダーの台詞(日本語訳は筆者訳)
結婚を妨げられたライサンダーが、恋人ハーミアへ語る言葉です。愛が本物なら苦労すべきだという意味ではなく、気持ちが本物でも、環境や誤解や価値観の違いは消えないと認めています。
関係が難しいとき、愛がないと即断する必要も、苦しみを愛の証として耐え続ける必要もありません。問題が二人で調整できるものか、安全や尊厳を傷つけるものかを分けて見ることが大切です。
今日の小さな一歩:相手を責める言葉ではなく、「私は今、何に困っているか」を一文にしてみてください。
18. 愛は目ではなく、心の意味づけで見る
Love looks not with the eyes, but with the mind;
And therefore is wing’d Cupid painted blind.愛は目ではなく心で見る。だから翼あるキューピッドは、盲目に描かれるのだ。
出典:ウィリアム・シェイクスピア『夏の夜の夢』第1幕第1場、ヘレナの台詞(日本語訳は筆者訳)
片思いに苦しむヘレナは、愛が外見や理屈どおりには動かないことを嘆きます。美しい愛の賛歌というより、恋が判断を偏らせる不思議さを語る台詞です。
人は、好意を持った相手の長所を大きく見たり、不都合な兆候を小さく見たりすることがあります。感情を否定せず、事実も別に確認する。その二つを同時に持つことで、自分を守りながら関係を見つめられます。
19. 変化のたびに形を変えるものは、愛ではない
Love is not love
Which alters when it alteration finds,
Or bends with the remover to remove.変化に出会うと変わり、去ろうとする者に合わせて身を曲げるものは、愛ではない。
出典:ウィリアム・シェイクスピア『ソネット第116番』第2〜4行(日本語訳は筆者訳)
このソネットは、揺るがない愛の性質を定義しようとします。相手や状況が変わった瞬間に消えるものを、真の愛とは呼ばないという強い主張です。
ただし、変わらない愛は、変わらない関係の形と同じではありません。距離を置くことや別れを選ぶことが、相手への敬意を失うこととは限らない。私は、執着よりも誠実さの持続を問う言葉として読みたいです。
20. 慈悲は、与える側と受ける側の双方を救う
The quality of mercy is not strain’d,
It droppeth as the gentle rain from heaven
Upon the place beneath: it is twice blest;
It blesseth him that gives and him that takes.慈悲は強いられるものではない。天から降る優しい雨のように、その下の地へ落ちる。それは二重の恵みであり、与える者と受ける者の双方を祝福する。
出典:ウィリアム・シェイクスピア『ヴェニスの商人』第4幕第1場、ポーシャの台詞(日本語訳は筆者訳)
裁判の場で、ポーシャがシャイロックへ慈悲を求める演説です。ただし、その後にシャイロックが受ける扱いまで考えると、作品は慈悲を美しく語るだけでなく、誰に慈悲が与えられるのかという矛盾も残します。
許しは被害をなかったことにする行為ではありません。安全と責任を確保したうえで、復讐だけに自分の時間を支配させない選択です。慈悲が自由な行為であるからこそ、強制されるべきでもありません。
愛と奉仕の言葉をさらに読みたい方には、マザー・テレサの愛と人生に関する名言も紹介しています。
今日の小さな一歩:誰かを許す前に、まず自分へ「ここまで傷ついた」と認める一文を書くだけでも十分です。