トーマス・マンの名言25選|芸術・教養・民主主義を考える言葉

トーマス・マンの1930年頃の本人肖像

執筆・編集:meigen89

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トーマス・マン(1875〜1955)は、『ブッデンブローク家の人びと』『魔の山』などで知られるドイツの作家です。1929年にノーベル文学賞を受け、ナチ政権成立後は亡命先から自由と民主主義を擁護する言葉を発しました。

ここでは小説中の登場人物の台詞を避け、マン自身の随筆・講演・演説から25の言葉を選びました。芸術を人生の批評として捉える視点、神話と無意識への関心、そして人間の尊厳を守ろうとする政治的責任が、一つの思索としてつながっています。

20世紀前半の危機に向き合った言葉ですが、情報に流されず考えること、自由と良心を手放さないことの意味は、今も古びていません。

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仕事・休息・創作をめぐる名言

1. 作品は人生を映す倫理的な象徴

Life is not the means for the achievement of an esthetic ideal of perfection; on the contrary, the work is an ethical symbol of life.

人生は美的な完成を達成するための手段ではない。むしろ作品こそ、人生の倫理的な象徴である。

出典:『非政治的人間の考察』(1918年)

芸術のために人生を消費するのではなく、生き方が作品に刻まれるとマンは考えます。技術的な巧さだけでは、作品の芯は生まれません。

ここでいう倫理は、教訓を語ることではなく、何を見つめ、何を引き受けたかという姿勢です。仕事の成果にも、その人が選んだ時間の使い方が表れます。

2. 眠りは人をもう一度始めさせる

Every anew this draught of refreshment and lethe is offered to our parching lips.

そのたびに、爽やかさと忘却の一杯が、渇いた唇へ新しく差し出される。

出典:随筆「甘い眠り」(1909年5月30日)

マンは眠りを、苦労を消し去る逃避ではなく、傷ついた心身を洗い直す自然の恩恵として描きました。休息は創造の反対ではなく、創造を再開する条件です。

疲労時には判断の幅が狭くなりやすいものです。結論を急ぐより一度眠ることが、昨日とは違う見方を取り戻す助けになります。

3. 大きな真理は反対側にも真理を含む

A great truth is a truth whose opposite is also a truth.

偉大な真理とは、その反対もまた真理であるような真理だ。

出典:フロイトについての講演(1929年5月16日)

人間や社会を扱う問題では、一つの正しさだけで全体を覆えないことがあります。自由と秩序、個人と共同体のように、緊張する価値が同時に必要だからです。

これは何でも相対化する言葉ではありません。対立する事実を排除せず、より大きな枠組みで考え直す知的な忍耐を求めています。

4. 自分の創作のリズムを知る

I have an epic, not a dramatic nature. My disposition and my desires call for peace to spin my thread, for a steady rhythm in life and art.

私の本性は劇的というより叙事的だ。糸を紡ぐための平穏と、生活と芸術における着実なリズムを、私の気質と願いは求めている。

出典:ノーベル賞晩餐会演説(1929年12月10日)

マンは自分を、瞬発力より長い呼吸で物語を織る作家だと理解していました。成果を生む方法は人によって異なり、自分の性質に合う環境を知ることが大切です。

他人の速度を模倣するより、集中が続く周期を整える。その自己理解が、長い仕事を支える現実的な強さになります。

5. 言葉は人生を批評しながら創造する

An art whose medium is language will always show a high degree of critical creativeness, for speech is itself a critique of life.

言葉を媒体とする芸術は、つねに高度な批評的創造性を示す。言葉そのものが人生への批評だからである。

出典:プロイセン芸術アカデミー演説(1929年1月22日)

名づけることは、ただ写すことではありません。どの特徴を選び、どんな関係として示すかによって、現実の見え方そのものが変わります。

文章を書くとは、世界を裁断する責任を負うことでもあります。批評と創造が分かれないという考えは、発信の多い時代ほど重く響きます。

マンの創作と作品世界をさらに知りたい方は、Amazon.co.jpで『魔の山』を探すことができます。

言葉・神話・無意識をめぐる名言

6. 書くことの難しさを引き受ける

A writer is somebody for whom writing is more difficult than it is for other people.

作家とは、ほかの人よりも書くことを難しく感じる人である。

出典:『三十年の随筆』(1942年)

書き慣れているから簡単になるのではなく、言葉のずれや曖昧さがますます見える。それがマンのいう作家の逆説です。

難しさは能力不足の証拠とは限りません。伝えたいものを安易な型に押し込めない感受性が、推敲を必要にしている場合もあります。

7. 思想は言葉を通して世界を動かす

Has the world ever been changed by anything save the thought and its magic vehicle the Word?

思想と、その魔法の乗り物である言葉以外の何かが、世界を変えたことがあるだろうか。

出典:講演「フロイトと未来」(1936年)

制度や行動の背後には、それらを可能にした考えがあります。そして考えは、共有できる言葉を得たときに社会的な力になります。

「魔法」は無条件の賛美ではありません。言葉には人を解放する力と同時に、扇動する力もあるからこそ、何を運ばせるかが問われます。

8. 神話は人生に形を与える

The myth is the foundation of life; it is the timeless schema into which life flows when it reproduces its traits out of the unconscious.

神話は人生の基盤である。人生が無意識からその特徴を再現するときに流れ込む、時間を超えた型なのだ。

出典:講演「フロイトと未来」(1936年)

神話は過去の物語にとどまらず、人が経験を理解するための型でもあります。別れ、旅、変身といった反復する構図が、個別の出来事に輪郭を与えます。

型を知れば運命に従うしかない、という意味ではありません。自分がどんな物語で現実を読んでいるかに気づくことで、別の解釈も選べます。

9. 神話的に見る力は成熟とともに深まる

While in the life of the human race the mythical is an early and primitive stage, in the life of the individual it is a late and mature one.

人類の歴史では神話的なものは初期の原始的段階だが、個人の人生では遅く成熟した段階に現れる。

出典:講演「フロイトと未来」(1936年)

年齢を重ねると、出来事を一回限りの偶然ではなく、長い時間の反復のなかで見ることがあります。マンはそこに創作の新しい豊かさを見ました。

知識を増やすだけでなく、経験同士の響き合いを捉えること。それが成熟した想像力の一つの姿です。

10. 心の探究は自由な人間像へつながる

We shall one day recognize in Freud’s life-work the cornerstone for the building of a new anthropology.

私たちはいつか、フロイトの生涯の仕事を、新しい人間学を築く礎石として認めるだろう。

出典:講演「フロイトと未来」(1936年)

マンが評価したのは、理性だけでは説明できない人間の複雑さを、探究の対象にした点でした。自分の動機がすべて透明ではないと知ることは、謙虚さにつながります。

無意識は、意識にのぼらない心の働きを指します。それを知ろうとする態度は、自分や他者を単純な善悪で決めつけないための足場になります。

芸術と人間理解をめぐる名言

11. 無意識の探究は個人を越える

As a science of the unconscious it is a therapeutic method, in the grand style, a method overarching the individual case.

無意識の科学として、それは壮大な意味での治療法であり、個々の事例を越える方法である。

出典:講演「フロイトと未来」(1936年)

心の理解は一人の症状を和らげるだけでなく、文化が抱える抑圧や恐れを読み解く手がかりになる。マンは精神分析の射程をそこまで広く見ていました。

個人の苦しさを本人だけの弱さに還元せず、社会や時代との関係で考える視点です。ただし、文学的洞察と医学的診断は同じではないという慎重さも必要です。

12. 芸術は社会を浄化する夢を持つ

He dreamed of an aesthetic consecration that should cleanse society of luxury, the greed of gold and all unloveliness.

彼は、美的な聖別によって社会から贅沢と金銭欲と醜さを洗い清めることを夢見た。

出典:随筆「リヒャルト・ワーグナーの苦悩と偉大」(1933年)

これはワーグナーの理想を評した一節です。マンは、芸術が美しい装飾にとどまらず、社会の欲望を映し、変えようとする力を持つと見ました。

一方で、芸術が社会を一挙に救うという夢には危うさもあります。理想の強さと、その理想が権力に近づく危険を同時に読む必要があります。

13. 芸術の魅力は感覚に働きかける

What was it that drove these thousands into the arms of his art — what but the blissfully sensuous, searing, sense-consuming, intoxicating quality of his music?

何が幾千もの人々を彼の芸術の腕へ駆り立てたのか。それは音楽の、官能的で、焼きつき、感覚をのみ込み、陶酔させる性質ではなかったか。

出典:随筆「リヒャルト・ワーグナーの苦悩と偉大」(1933年)

作品の影響力は、理念の正しさだけでは説明できません。音、リズム、質感が身体に届き、理屈より先に人を動かすことがあります。

だからこそ、魅了されたという事実と、内容への賛同は分けて考えたいものです。感動の仕組みを見つめることが、批評の出発点になります。

14. 芸術は文化の自己批評にもなる

Wagner’s art is the most sensational self-portrayal and self-critique of German nature that it is possible to conceive.

ワーグナーの芸術は、考えうるかぎり最も鮮烈な、ドイツ的性質の自己描写であり自己批評である。

出典:随筆「リヒャルト・ワーグナーの苦悩と偉大」(1933年)

優れた作品は文化を代表するだけでなく、その文化の矛盾まで露わにします。誇りと弱点が同じ形式のなかに現れるからです。

自分の属する集団を愛することと、そこを批判することは両立します。むしろ内側からの批評が、文化を閉じた自己賛美から救います。

15. 民主主義の勝利は容易ではない

It is not easy to speak on the coming victory of democracy at a moment when the aggressive brutality of fascism seems to be so distressingly triumphant.

ファシズムの攻撃的な残虐さが痛ましいほど勝ち誇って見える時に、民主主義の来るべき勝利を語るのは容易ではない。

出典:『民主主義の来るべき勝利』(1938年)、9頁

マンは危機を小さく見せず、それでも未来を語ろうとしました。希望は楽観ではなく、厳しい現実を認めたうえで持続する意志です。

ヘルマン・ヘッセの名言にも、時代の圧力のなかで内面の自由を守る視点があります。二人の違いを読むと、精神と社会の結びつきがより立体的に見えてきます。

民主主義・自由・良心をめぐる名言

16. 偽りの新しさに惑わされない

The revolutionary opportunism and the glow of false dawn in these tendencies are tainted magic.

これらの傾向にある革命的な日和見主義と偽りの夜明けの輝きは、毒された魔法である。

出典:『民主主義の来るべき勝利』(1938年)、12頁

新しく勢いがあるものが、必ずしも進歩的とは限りません。変化の演出が、自由を奪う力を魅力的に見せることもあります。

判断には、言葉の鮮烈さより結果を見る視点が必要です。誰の尊厳が削られ、誰が沈黙させられるのかを確かめることが、偽の夜明けを見分けます。

17. 民主主義は時代遅れではない

Democracy is timelessly human, and timelessness always implies a certain amount of potential youthfulness.

民主主義は時を超えて人間的であり、時を超えるものはいつも、潜在的な若さをいくらか備えている。

出典:『民主主義の来るべき勝利』(1938年)、16頁

民主主義は流行ではなく、人が自ら考え、他者と生きるための原理だとマンは捉えました。古い制度に見えても、人間の尊厳に根ざすかぎり更新できます。

制度を若く保つのは看板ではなく参加です。問い直し、議論し、少数者の声を含めて修正する働きが、その生命を保ちます。

18. 抑圧は独裁の結果ではなく出発点

Oppression is not the ultimate goal but the first principle of fascism.

抑圧はファシズムの最終目標ではなく、その第一原理である。

出典:『民主主義の来るべき勝利』(1938年)、17頁

権力が行き過ぎた末に抑圧が生じるのではなく、最初から服従を作る仕組みとして組み込まれている。マンはその構造を明確に指摘しました。

小さな排除や威圧を例外として見過ごさないことが重要です。初期の兆候を言葉にすることが、大きな暴力への歯止めになります。

19. 正義・自由・真実は切り離せない

If we say truth, we also say freedom and justice; if we speak of freedom and justice, we mean truth.

真実と言うとき、私たちは自由と正義をも言っている。自由と正義を語るとき、私たちは真実を意味している。

出典:『民主主義の来るべき勝利』(1938年)、18〜19頁

事実を隠したまま自由を守ることはできず、不公正を放置した自由も長続きしません。三つの価値は互いを支える関係にあります。

一つの標語だけを掲げるより、ほかの価値との整合を見る。この複眼的な確認が、理念を都合よく利用させないために役立ちます。

20. 意識することは良心を得ること

To become conscious means to acquire conscience, means the knowledge of what is good and what is evil.

意識するとは良心を得ることであり、何が善で何が悪かを知ることである。

出典:『民主主義の来るべき勝利』(1938年)、27頁

知ることは中立な情報の蓄積だけではありません。見えてしまった苦しみや不正に対して、自分の立場を問われることでもあります。

カフカの名言が描く不安や権力の迷路と重ねると、良心とは不確かな状況でも思考を止めない働きだと分かります。

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