ナサニエル・ホーソーンは、『緋文字』や『七破風の屋敷』で知られる19世紀アメリカ文学の作家です。人の心に同居する善と悪、罪と赦し、孤独と共同体を、象徴に富んだ物語として描きました。
ここでは、死後に公刊された日記・創作ノート「Passages from Hawthorne’s Note-Books」から、本人の観察と思索が明確な25の言葉を選びました。物語中の登場人物の台詞ではなく、ホーソーン自身が記した文章を中心に、原文と日本語訳、出典を添えています。
同時代のアメリカ文学を広く見渡したい方は、エマーソンの名言、ソローの名言もあわせて読むと、ホーソーンの静かな想像力がいっそう立体的に見えてきます。
幸福と日常を見つめる言葉
1. 幸福は出来事ではなく、永遠の一部である
Happiness has no succession of events, because it is a part of eternity.
幸福には出来事の連続がない。幸福は永遠の一部だからだ。
出典:『Passages from Hawthorne’s Note-Books VII』1842年8月5日
幸福を刺激の強い出来事の連続として追いかけると、日常の静けさは空白に見えます。ホーソーンは逆に、何も起きない時間の中に、時間を超えるような満足を見いだしました。
幸福は常に高揚している状態ではありません。安心して暮らせる場所や、気を張らずに過ごせる相手との時間は、派手ではなくても人生の土台になります。
2. より真実な生は心の内側にある
We can only perceive that we have cast off our mortal part by the more real and earnest life of our souls.
私たちが肉体的な部分を脱ぎ捨てたと気づくのは、魂のより真実で真剣な生によってである。
出典:『Passages from Hawthorne’s Note-Books VII』1842年8月5日
ここでいう「魂」は、日常から逃げるための神秘ではありません。外側の評価や役割を離れたときにも残る、自分の実感や良心に近いものです。
忙しさが止まった瞬間に、何を大切にしたいのかが見えてくることがあります。静かな時間は、社会から離れるためではなく、社会へ戻る自分の軸を確かめるために役立ちます。
3. 静かな場所は、心の輪郭を取り戻す
Few, indeed, are the mortals who venture within our sacred precincts.
実際、私たちの神聖な領域へ足を踏み入れる人はほとんどいない。
出典:『Passages from Hawthorne’s Note-Books VII』1842年8月5日
ホーソーンは新婚生活を送ったオールド・マンセを、世間から守られた場所として描きました。孤立を理想化するのではなく、親密さを育てる余白の価値を語っています。
人は誰にでも開かれたままでは疲れてしまいます。大切な関係や創作を守るために、時間や場所へ境界を引くことは、冷たさではなく丁寧さです。
4. 動物は楽園にも自然になじむ
Animals (except, perhaps, a pig) seem never out of place, even in the most paradisiacal spheres.
動物は(たぶん豚を除けば)、どれほど楽園的な場所にいても、場違いには見えない。
出典:『Passages from Hawthorne’s Note-Books VII』1842年8月
理想の暮らしを語りながら、子猫や馬、牛を登場させるところにホーソーンのユーモアがあります。抽象的な幸福も、身近な生き物がいることで体温を持ちます。
生活を良くするものは、壮大な理念だけではありません。世話をし、気配を感じ、ともに同じ時間を過ごすことが、人を現在へ連れ戻します。
5. 信頼は、近づくための小さな勇気になる
Foolish dog! if he had more faith, he should have bones enough.
愚かな犬だ。もう少し信じる心があれば、骨には十分ありつけるのに。
出典:『Passages from Hawthorne’s Note-Books VII』1842年8月
呼びかけられても逃げてしまう犬を見て、ホーソーンは半ば冗談としてこう記しました。警戒心は危険を避けますが、強すぎれば親切や機会まで遠ざけます。
何でも無条件に信じる必要はありません。ただ、安全を確かめながら一歩近づくことはできます。信頼とは、恐れが消えた後に始まるものではなく、恐れを抱えたまま試せる小さな行為です。
観察と自然から学ぶ言葉
6. 観察だけでは流れが見えないこともある
I was compelled to decide the question by the testimony of others, and not by my own observation.
私は自分の観察ではなく、他者の証言によって、その問いを判断せざるをえなかった。
出典:『Passages from Hawthorne’s Note-Books VII』1842年8月6日
川の流れがあまりに緩やかで、ホーソーンは三週間過ごしても方向を見分けられませんでした。この率直な告白は、直接見ることの価値と同時に、その限界も示します。
自分で確かめる姿勢は大切ですが、すべてを一人で検証できるわけではありません。信頼できる証言を取り入れることは、観察を放棄するのではなく、認識を補う方法です。
7. 美しいものが存在すること自体に感謝する
But thanks be to the beautiful flower for growing at any rate.
けれども、ともかく咲いてくれた美しい花に感謝しよう。
出典:『Passages from Hawthorne’s Note-Books VII』1842年8月6日
手を伸ばせば川へ落ちそうな場所に咲く白い睡蓮を見て、ホーソーンは、所有できなくても美は美だと受け止めました。
美しいものをすぐ役立てたり、自分のものにしたりしなくてもよいのです。見るだけで心が整うものを持つことは、成果を求め続ける生活に静かな余白をつくります。
8. 同じ環境から異なるものが育つ
The same soil and circumstances may produce the good and beautiful, and the wicked and ugly.
同じ土と環境から、善く美しいものも、邪悪で醜いものも生まれうる。
出典:『Passages from Hawthorne’s Note-Books VII』1842年8月6日
白い睡蓮と黄色い睡蓮が同じ泥から育つ光景を、人の生き方へ重ねた言葉です。環境の影響を認めつつ、結果を環境だけでは説明しきれない複雑さを見ています。
似た経験をしても、人が受け取る意味は同じではありません。過去を選べなくても、そこから何を養い、何を繰り返さないかは少しずつ選べます。
9. 良い影響を選ぶ人は、周囲にも恵みを返す
Some assimilate none but good influences, and their emblem is the fragrant and spotless pond-lily, whose very breath is a blessing to all the region round about.
良い影響だけを自分のものにする人もいる。その象徴は香り高く汚れのない睡蓮であり、その息吹そのものが周囲への恵みとなる。
出典:『Passages from Hawthorne’s Note-Books VII』1842年8月6日
これは苦しみを無理に肯定する言葉ではありません。置かれた条件の中から、何を吸収し、何を他者へ渡すかに目を向けた比喩です。
人の態度は周囲へ伝わります。穏やかな返事や誠実な仕事のような小さな振る舞いも、その場の空気を少し変える力を持っています。
10. 年齢を重ねても、新しいものへ心を開ける
An aged man may keep his heart warm for new things and new friends, and often furnish himself anew with ideas.
年老いた人も、新しい物事や新しい友人のために心を温かく保ち、何度でも新しい考えを身につけることができる。
出典:『Passages from Hawthorne’s Note-Books VII』1842年8月9日
古い家の外観を守りながら、室内には新しい品を自然に取り入れる。その調和を、人の成熟になぞらえた一節です。
変わらない核と、変えてよい習慣は両立します。経験を誇りにしながら新しい考えに触れることは、過去を否定するのではなく、過去を生かし続けることです。
時間とつながりを考える言葉
11. 生きたものは、過去と現在を結ぶ
Thus the trees, as living existences, form a peculiar link between the dead and us.
こうして木々は、生きた存在として、死者と私たちを結ぶ特別なつながりとなる。
出典:『Passages from Hawthorne’s Note-Books VII』1842年8月9日
昔の住人も実を取った果樹を前に、ホーソーンは時間の連続を感じました。歴史は年号だけでなく、使われ続ける場所や育ち続ける木にも宿ります。
身近な品や習慣が、会ったことのない人の暮らしへつながる場合があります。過去を知ることは懐古に閉じることではなく、自分も未来へ何かを手渡す存在だと気づくことです。
12. 世話を交わすことで、自然は家族に近づく
They have become a part of the family; and their individual characters are as well understood and appreciated as those of the human members.
それらは家族の一部となり、一つひとつの個性が、人間の家族と同じように理解され、愛されるようになった。
出典:『Passages from Hawthorne’s Note-Books VII』1842年8月9日
果樹は人の世話を受け、人の必要に応えるうちに「人間らしくなった」とホーソーンは書きます。関係は一方的な利用ではなく、長い相互作用によって育ちます。
毎日気にかける対象には、名前のない違いまで見えてきます。理解は知識量だけでなく、同じものを繰り返し丁寧に見る時間から生まれます。
13. 悲しみは冗談の影まで変える
The world is so sad and solemn, that things meant in jest are liable, by an overpowering influence, to become dreadful earnest.
世界はあまりに悲しく厳粛なので、冗談のつもりだったことさえ、圧倒的な力によって恐ろしい現実になりかねない。
出典:『Passages from Hawthorne’s Note-Books I』1835年
暗い想像力で知られるホーソーンらしい一節です。軽い空想にも、現実の痛みや時代の不安が入り込み、別の表情を与えます。
言葉の意味は、話し手の意図だけで決まりません。相手の状況や社会の空気によって重さが変わるため、冗談ほど文脈への想像力が必要です。
14. 困難のない消費は、心を静かに消耗させる
There has been no excitement, no difficulties to be overcome, but the spirits have evaporated insensibly.
刺激も、乗り越えるべき困難もなく、ただ気力が知らぬ間に蒸発してしまった。
出典:『Passages from Hawthorne’s Note-Books I』1835年
雑誌を一日中めくった後の倦怠を、真剣な勉強後の疲れと区別した観察です。受け身の消費は楽に見えても、終えたときに充実が残らないことがあります。
休息そのものが悪いのではありません。何をして休むかを選ばないまま情報を流し込み続けると、回復するはずの時間が散漫さへ変わります。
15. 翻訳は、言葉になる前の美をすべて運べない
This is the reason that translations are never satisfactory.
これが、翻訳が決して完全には満足を与えない理由である。
出典:『Passages from Hawthorne’s Note-Books I』1835年10月
ホーソーンは、外国語の文章には、まだ言葉になっていない思考のような魅力があると考えました。翻訳すれば意味は届いても、音や調子のすべては移せません。
だからこそ翻訳には価値があります。完全な複製ではなく、異なる言語のあいだに橋を架ける仕事として読めば、複数の訳の違いも豊かな解釈になります。
創作と想像力を磨く言葉
16. 物語は作者の意図を越えて動き出す
A person to be writing a tale, and to find that it shapes itself against his intentions.
物語を書いているうちに、それが作者の意図に反して自ら形を成していく。
出典:『Passages from Hawthorne’s Note-Books I』1835年10月
創作は計画どおりに進める作業である一方、書いたものから次の展開を教えられる作業でもあります。登場人物や設定の論理が、作者の最初の予定を押し返すことがあります。
計画から外れたことを失敗と決めつけず、なぜ違う方向へ動いたかを観察する。そこに、作品を生きたものへ変える発見が含まれます。
17. 才能の差は、近くで見て初めてわかる
That little space being all the distance between genius and stupidity.
そのわずかな距離こそが、天才と愚かさを隔てるすべてなのだ。
出典:『Passages from Hawthorne’s Note-Books I』1835年10月
五フィート離れれば、粗い仕事も優れた仕事も同じに見えるという、皮肉を含んだ観察です。品質の差は、細部へ近づいたときに現れます。
結果だけを遠くから眺めると、上手な人の工夫は見えません。文章でも仕事でも、細部を比べ、直し方を確かめることで、才能に見えたものの一部が学べる技術へ変わります。
18. 習慣を断ち、自分の資質に背かない
Four precepts: To break off customs; to shake off spirits ill-disposed; to meditate on youth; to do nothing against one’s genius.
四つの心得。習慣を断つこと、悪い気分を振り払うこと、若さについて思うこと、自分の資質に反することをしないこと。
出典:『Passages from Hawthorne’s Note-Books I』1835年
古い言い回しを含みますが、惰性から離れ、自分の本質に合う生き方を選ぶという芯があります。気分の揺れを、そのまま運命にしない姿勢も読み取れます。
「自分らしさ」は、楽なことだけを選ぶ口実ではありません。何に力を使うと自分の良さが生きるのかを見定め、不要な習慣を少しずつ外すことです。
19. 暗い部屋でも仕事は名声につながる
In this dismal chamber fame was won.
この陰気な部屋で、名声は勝ち取られた。
出典:『Passages from Hawthorne’s Note-Books I』セイラム、ユニオン・ストリート
創作の場所は、いつも美しく整っているわけではありません。条件が理想的でなくても、積み重ねた仕事は部屋の外へ届きます。
環境を整える工夫は必要ですが、完璧な環境を開始条件にすると動けなくなります。今ある机と時間から始めることが、後の変化を生みます。
20. 人は誰も世界の一部を担っている
All sorts of persons, and every individual, has a place to fill in the world, and is important in some respects, whether he chooses to be so or not.
どのような人にも、この世界で担う場所があり、本人が望むかどうかにかかわらず、何らかの点で重要な存在である。
出典:『Passages from Hawthorne’s Note-Books I』1836年
役割は肩書だけではありません。誰かへかけた言葉、引き受けた小さな仕事、日々のふるまいも、周囲の現実をつくっています。
自分の重要性を誇張する必要も、過小評価する必要もありません。人は相互につながっているからこそ、自分の選択に静かな責任を持てます。

