夢野久作は、『ドグラ・マグラ』『瓶詰地獄』などの幻想怪奇小説で知られる一方、探偵小説の使命、創作の独自性、読者心理について率直な評論や随筆を残した作家です。
この記事では、作品中の登場人物の言葉ではなく、夢野久作本人が評論・随筆で述べた言葉を25選紹介します。原文を青空文庫の公開テキストで照合し、創作、個性、挑戦、行き詰まり、誠実さという観点から読み解きます。
同時代の文学をあわせて読むなら、坂口安吾の自由と人間を考える言葉、中島敦の自尊心と孤独を見つめる言葉も参考になります。
すべてを覚える必要はありません。いま心に残る一文を一つ選び、書く、調べる、整理するなど、現実を一ミリ善くする行動へ変えてみてください。
創作の自立と率直さをめぐる言葉
1. 早すぎる自己否定で、書くものを失わない
I think it is too soon to apologize. If I apologize carelessly, I may lose what I have to write.
しかし、あやまるのは早計だと思う。うっかりあやまったら書く事がなくなる。
出典:夢野久作『探偵小説漫想』(英訳は筆者訳)
批判を受けた直後に、すべてを誤りだと決めてしまうと、自分が本当に試したかった表現まで引っ込めてしまいます。夢野久作は、まず書き続ける余地を守ろうとしました。
指摘を受けたら、直す点と残す点を一つずつ分けてください。全面否定ではなく、修正可能な部分から動かすと創作を止めずに済みます。
2. 既存の枠に入れなくても、自分で進める
I do not need to be allowed onto someone else’s boat. I will simply swim on my own.
舟になんか乗せてもらわなくともいい。自分一人で泳ぐばかりだ。
出典:夢野久作『探偵小説漫想』(英訳は筆者訳)
認められた枠へ入ることだけが前進ではありません。分類や権威に拒まれても、自分の方法で作品を届ける道は残っています。
今日は「許可がなくてもできる一歩」を一つ選んでください。下書きを百字書く、公開先を調べる、作品名を決めるだけでも、自分の泳ぎ方が始まります。
3. 隠して驚かせるより、見せながら惹きつける
I dislike detective stories that toy with the reader. A writer should show the reader everything openly, while guiding them with sustained interest.
読者を弄ぶ探偵小説は嫌いである。探偵小説を書くなら正々堂々と玄関から、お座敷、台所、雪隠まで見せてまわらなくてはいけない。しかも退屈させないように、非常な興味を持たして案内して行かなければならない。
出典:夢野久作『探偵小説漫想』(英訳は筆者訳)
情報を伏せるだけでは、読者との知的な勝負になりません。材料を公平に見せたうえで、それでも先を読みたくさせる構成に、書き手の力量が表れます。
説明を一つ増やしても面白さが落ちないか確認してください。読者に必要な前提を渡し、その後に問いを置くと、信頼と興味を両立できます。
4. 論理と情景が一つになる瞬間をつくる
When reasoning and description move together and suddenly become one, the story releases a thrilling spark.
推理と抒景と並行する時、スルリと抒景と一致する時、本格物の痛快味が、忽然スパークを放射して、たまらなく爽快なオゾン臭を放つ。
出典:夢野久作『探偵小説漫想』(英訳は筆者訳)
考える面白さと、場面を感じる面白さは対立しません。推理が風景や動作の中から自然に立ち上がると、説明では得られない鮮烈さが生まれます。
抽象的な説明を一つ、具体的な場面へ置き換えてください。誰が、どこで、何を見たかを加えるだけで、論理が読者の体験に変わります。
5. 二者択一にせず、両立を探す
Some reject characterization, while others use character as a trick. I believe both can coexist.
性格描写無用を叫ぶ者がある。性格をトリックに使う作者がある。どちらも両立し得ると私は思う。
出典:夢野久作『探偵小説漫想』(英訳は筆者訳)
方法論の議論は、どちらか一方だけが正しい形になりがちです。しかし、人物の深さと仕掛けの精密さは、設計次第で同時に成立します。
迷ったら「AかBか」ではなく、「Aを守りながらBを一つ入れるには」と問い直してください。対立を組み合わせに変えると、選択肢が増えます。
独自性と個性を磨く言葉
6. 滑らかさより、自分の実感を選ぶ
Imitation, whether conscious or unconscious, loses its flavor no matter how smooth it sounds.
作者が一度読んだものを有意識にも、無意識にも真似たものは、ドンナニ口ざわりがよくても味が落ちるから直ぐにわかる。
出典:夢野久作『探偵小説漫想』(英訳は筆者訳)
整った文章でも、借りた発想だけで作ると固有の切実さが薄れます。影響を受けることと、他人の形をそのままなぞることは別です。
参考資料を閉じて、自分の経験や判断を一文だけ書いてください。その一文を核にすれば、学んだ型を自分の内容へ変えられます。
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夢野久作の評論と作品を通して読む
短い言葉の前後を読むと、探偵小説論と創作観がどのようにつながっているかが見えてきます。現在入手できる作品集や文庫を検索結果から比較できます。
7. 自分の井戸から言葉を汲む
It seems the water must be drawn from one’s own well. Wine made from another person’s well will never truly intoxicate.
必ず自分の井戸から汲んだ水でなければイケナイようである。他所の井戸水で作った酒は決して酔わない。酔えば悪酔いをする。
出典:夢野久作『探偵小説漫想』(英訳は筆者訳)
独自性とは、奇抜な言い回しではなく、自分が見たこと、迷ったこと、選んだことから書く姿勢です。そこには他人が完全には代替できない情報があります。
今日の出来事から、感情が動いた瞬間を一つメモしてください。小さな実感を蓄えることが、自分の井戸を深くします。
8. 日常の中に題材を見つける
Detective fiction exists everywhere in daily life. The very fact that you are breathing should already be an astonishing mystery, trick, and thrill.
探偵小説は日常到る処に在る。諸君がそこで呼吸していることが既に驚くべきミステリーであり、トリックであり、スリルでなければならぬ。
出典:夢野久作『探偵小説漫想』(英訳は筆者訳)
特別な事件がなければ書けないわけではありません。普段見過ごしている習慣や違和感を注意深く見ると、身近な生活そのものが問いを含んでいます。
身の回りで「なぜこうなっているのか」と思うものを一つ撮るか書き留めてください。観察から始めれば、題材探しの負担が下がります。
挑戦と革新を支える言葉
9. 行き詰まりという空気に抗う
Even if it is only my voice, I wanted to cry out that detective fiction has not reached a dead end.
声ばかりでもいい、「探偵小説は行詰まっていない」と絶叫してみたくなった。
出典:夢野久作『探偵小説の真使命』(英訳は筆者訳)
周囲が終わったと判断していても、可能性まで消えたとは限りません。まず異論を言葉にすることが、新しい試みの入口になります。
「もう無理だ」と感じる課題について、まだ試していない方法を一つ書いてください。成功の保証ではなく、検証できる一手を残すことが大切です。
10. 新しい人の大胆な試みを歓迎する
I came to hope for the free and vigorous efforts of new people. It is all right to be laughed at or disliked.
新しい人々の自由奔放な大暴れが期待したくなった。笑われてもいい。憎まれても構わない。
出典:夢野久作『探偵小説の真使命』(英訳は筆者訳)
分野が停滞するとき、既存の作法を知らない人の試みが突破口になることがあります。失敗や反発を恐れず動く余白が、文化を更新します。
完成度を求めず、試作品を一つ作ってください。公開しなくても、形にすると次の改善点が見えます。
11. 一つに見える現実を、複数の色へ分ける
By contrast, detective fiction is a prism that analyzes white light and reveals it in seven colors.
これに反して探偵小説の使命は三稜鏡で旧式芸術で焦点作られた太陽の白光を冒涜し、嘲笑し、分析して七色にして見せる尖端芸術である。
出典:夢野久作『探偵小説の真使命』(英訳は筆者訳)
当たり前とされる説明も、立場や動機を分けると別の姿が現れます。分析とは、複雑さを消すことではなく、含まれている要素を見える形にすることです。
一つの問題を、事実・感情・利害の三欄に分けてください。混ざっていた要素が見えると、判断しやすくなります。
12. 心を単純な一語で片づけない
Future psychological portrayal must analyze and synthesize the mind itself.
だから将来の心理描写こそは真実な心理そのものの解析、綜合でなければならぬ。
出典:夢野久作『探偵小説の真使命』(英訳は筆者訳)
人の心は、善悪や強弱だけでは説明できません。相反する欲求や記憶を分けて見たうえで、全体として理解し直す必要があります。
自分の迷いを「やりたい理由」と「避けたい理由」に分けて一つずつ書いてください。両方を認めると、無理のない次の行動が選べます。
伝統を学び、変化を選ぶ言葉
13. 新しさの中でも、原型を振り返る
Pure forms are valuable, and we should sometimes recall their distinctive flavor.
純粋種は実に尊い、有難いものである。吾々は純粋種の味を時々回想してみる必要がある。
出典:夢野久作『探偵小説の真使命』(英訳は筆者訳)
革新は、過去をすべて捨てることではありません。基本形がどんな価値を持っていたかを知ると、変える部分と残す部分を判断できます。
最近の方法に迷ったら、最初にうまくいった手順を一度見返してください。原点は後退ではなく、比較の基準になります。
14. 目的に不要な定番は手放してよい
The true mission of detective fiction lies in its variations. Riddles, tricks, great detectives, and great criminals may be discarded when unnecessary.
同様に探偵小説の真の使命は、その変格に在る。謎々もトリックも、名探偵も名犯人も不必要なら捨ててよろしい。
出典:夢野久作『探偵小説の真使命』(英訳は筆者訳)
形式は目的を助けるためにあります。定番の要素を守ることが作品の核心を弱めるなら、外す判断も創作の一部です。
いまの作業に含まれる「慣例だから続けていること」を一つ挙げてください。目的に寄与しないなら、小さく省く実験をしてみましょう。
15. 未来は、行き詰まりの後から始まる
The mission of detective fiction begins from here.
探偵小説の使命はこれからである。
出典:夢野久作『探偵小説の真使命』(英訳は筆者訳)
停滞を終点ではなく、次の形式を探す地点として捉えています。過去の成功が効かなくなったときこそ、新しい使命を定義できます。
終わった方法を一つ認めたうえで、「これから何を満たすべきか」を一文にしてください。次の基準を決めると再出発できます。
16. 自由な選択に、個性が現れる
The choice of subject should be infinitely free, and the chooser’s individuality should appear intensely. That is enough.
だから題材の選択は無限の自由さを持っている筈である。だからその選択者の個性が、極端に深刻、強烈に出る筈である。それでいい……それだけでいいのだ。
出典:夢野久作『探偵小説の真使命』(英訳は筆者訳)
何を選ぶかには、その人の関心や恐れ、価値観が表れます。流行に合わせるだけでなく、自分が離れられない題材を選ぶことが作品の輪郭になります。
候補を三つ書き、最も気になって何度も戻ってしまうものを一つ選んでください。選択そのものを、自分らしさの材料にできます。
読者と人間心理を見つめる言葉
17. 欲求の正体は、簡単には説明できない
Trying to grasp why people desire detective fiction is itself absurd, humorous, adventurous, strange, and mysterious.
探偵小説を欲求する心理の正体を掴むことその事が既に一つのこの上もないナンセンスであり、ユーモアであり、冒険であり、怪奇であり、神秘であり……何かみたいである。
出典:夢野久作『探偵小説の正体』(英訳は筆者訳)
人が何かを求める理由は、一つの論理だけでは捉えられません。説明しようとする行為そのものが、新しい問いを生むことがあります。
理由が分からない興味を、すぐ無駄と判断しないでください。何に惹かれたかを三語だけ記録すると、自分の関心の輪郭が見えてきます。
18. 定義が狭すぎると、価値を見落とす
It may be rash to say that a story reread with pleasure, or one revealing the culprit from the beginning, is not detective fiction.
何度読んでも面白い探偵小説だの、最初から犯人を明示して在る探偵小説を、探偵小説でないと断言するのは少々乱暴ではあるまいか……。
出典:夢野久作『探偵小説の正体』(英訳は筆者訳)
形式の条件だけで作品を排除すると、繰り返し読む魅力や過程を味わう面白さを見落とします。分類は便利ですが、対象より偉くはありません。
「普通はこうだ」という判断に出会ったら、例外を一つ探してください。例外があるだけで、考え方を柔らかくできます。
19. 大人にも、日常を離れる物語が必要である
Adults, unable to possess fairy tales, may cherish the remainder of the day in bed with detective fiction, as children fall asleep listening to stories.
大人はお伽話を持ち得ない、憐れな動物だから、子供がお伽話を聞いて眠りたがるように、大人は一日の残りの時間を、探偵小説と共に、寝床の中で惜しみたがるのであろう。
出典:夢野久作『探偵小説の正体』(英訳は筆者訳)
実用や責任だけでは、心は休まりません。物語に没頭する時間は逃避であると同時に、緊張から距離を取り直す時間にもなります。
今夜は十分だけ、成果を求めず好きな物語を読んでください。休む時間を予定に入れると、罪悪感を減らして回復できます。
仕事と行き詰まりに向き合う言葉
20. 好き嫌いを越えて書く力を鍛える
I was trained not to complain about whether I liked or disliked a task.
仕事に対する好き嫌いを全然云わない修業をさせられました。
出典:夢野久作『スランプ』(英訳は筆者訳)
気分が乗る仕事だけでは、締め切りのある現場を支えられません。夢野久作は新聞社で、条件が悪くても書き切る神経を身につけたと振り返ります。
気が進まない作業を一分だけ始め、終わる条件を小さく決めてください。好きになる必要はなく、着手できれば十分です。
