ピエール=オーギュスト・ルノワール(1841–1919)は、光を受ける肌、親しい人々の時間、花や風景を豊かな色彩で描いたフランスの画家です。印象派の仲間と新しい絵画を切り開きながら、晩年まで古典の技法を学び直し、手が思うように動かなくなっても制作を続けました。
この記事では、画商アンブロワーズ・ヴォラールが長年の対話を記録した『Renoir: An Intimate Record』(1925年英訳版)から、本人の発言と確認できる25の言葉を選びました。他者の発言、伝聞だけの逸話、文脈の切れた通俗的な名言は除外しています。
同時代の視線を比べるなら、クロード・モネの名言、ゴッホの名言、ピカソの名言、芸術・創作の名言集も参考になります。
見ることから始まる絵画
1. 光を受ける肌を描く
I had just as lief paint the first old crock that comes along, just so long as she has a skin that takes the light.
光を受けとめる肌さえあれば、通りすがりの年老いた女性でも喜んで描く。
出典:Ambroise Vollard, Renoir: An Intimate Record (1925), Chapter I
ルノワールが求めたのは、社会的な美しさの序列ではなく、光がどのように肌へ宿るかでした。モデルの肩書きより、画面で起こる色と明暗の変化を見ています。
対象を先入観で決めつけず、実際に何が見えるかへ注意を戻す言葉です。観察は評価より先に置かれるべきだと教えます。
2. 働く手の美しさ
A woman’s hands are lovely—if they are accustomed to housework.
家事に慣れた女性の手は美しい。
出典:Ambroise Vollard, Renoir: An Intimate Record (1925), Chapter I
ルノワールは、整えられた外見より、暮らしの仕事が刻まれた手に美を見ました。手はその人が日々何をしてきたかを静かに伝えます。
理想化された美しさだけを追うと、生活の手触りを見落とします。使われてきた形にこそ、人物の時間が現れます。
3. 色は宝石のように輝く
My hero was Diaz. His pictures have become very black, but in those days they sparkled like precious stones.
私の英雄はディアズだった。彼の絵は今では黒ずんだが、当時は宝石のように輝いていた。
出典:Ambroise Vollard, Renoir: An Intimate Record (1925), Chapter III
若い頃に敬愛したナルシス・ディアズの絵を、ルノワールは記憶の中の輝きとともに語ります。作品の現在だけでなく、描かれた当初の色彩を想像しています。
絵画は時間によって変化します。素材の劣化まで含めて見ることで、制作時の選択と、後世の見え方を区別できます。
4. 目利きという肩書きを疑う
There is nothing more absurd than a “connoisseur.”
「目利き」ほど滑稽なものはない。
出典:Ambroise Vollard, Renoir: An Intimate Record (1925), Chapter III
権威ある言葉で作品を分類しながら、目の前の絵を見ていない人々への皮肉です。知識そのものではなく、知識を誇示する態度を批判しています。
専門語は見る助けになりますが、結論を先回りさせることもあります。まず自分の目で確かめ、その後に言葉を使う順序が大切です。
5. 新しさは過去から続いている
In art, as in Nature, what we are likely to think new is, at bottom, only a more or less modified continuation of what has gone before.
芸術でも自然でも、新しいと思われるものは、突きつめれば過去を形を変えて受け継いだものにすぎない。
出典:Ambroise Vollard, Renoir: An Intimate Record (1925), Chapter IV
印象派の当事者でありながら、ルノワールは革新を断絶として語りません。新しい表現にも、古い絵画から受け取った技法と感覚があります。
独創性は、過去を消すことではありません。何を継ぎ、どこを変えたかを理解すると、新しさの輪郭がはっきりします。
単純さと喜びを守る
6. 余暇のある暮らし
Machinery had not absorbed all of life; you had leisure for enjoyment and no one was the worse for it.
機械が生活のすべてを飲み込んではいなかった。楽しむ余暇があり、それで誰かが困ることもなかった。
出典:Ambroise Vollard, Renoir: An Intimate Record (1925), Chapter V
ラ・グルヌイエールで人々が笑い、集った時間を振り返る言葉です。近代化の速度に対して、楽しみのための余白を惜しんでいます。
効率が上がっても、自由な時間が自動的に増えるとは限りません。暮らしの豊かさを、成果だけで測らない視点です。
7. 単純さほど人を戸惑わせる
Nothing is so disconcerting as simplicity.
単純さほど人を戸惑わせるものはない。
出典:Ambroise Vollard, Renoir: An Intimate Record (1925), Chapter VII
印象派の絵が歴史画の威厳を借りず、身近な人や場所を描いたことへの反発を語る箇所です。分かりやすい対象ほど、既存の価値観を露わにします。
単純な表現は、浅い表現とは違います。余分な説明を削るほど、判断の核心が見え、受け手はごまかしなく向き合うことになります。
8. 美しい線を見つける
Of course I prefer the nude. But when I have to paint a woman clothed, I like the “princess” gown: it gives such a lovely, sinuous line to the body.
もちろん裸婦を好むが、服を着た女性を描くなら「プリンセス」型のドレスがよい。身体に美しい曲線を与えるからだ。
出典:Ambroise Vollard, Renoir: An Intimate Record (1925), Chapter VII
衣服を人物の情報としてだけでなく、線を生む造形として見ています。布と身体の関係が、画面のリズムになります。
対象の名称より、形がどう流れるかを見る姿勢です。細部の選択が、作品全体の動きを決めます。
9. 芸術は冗談ではない
Art is no joking matter.
芸術は冗談ごとではない。
出典:Ambroise Vollard, Renoir: An Intimate Record (1925), Chapter IX
短い言葉ですが、制作を軽々しく扱わない厳しさがあります。ルノワールの絵の明るさは、仕事の軽さを意味しません。
楽しさと真剣さは対立しません。見る人を喜ばせるためにも、素材、構図、色への長い集中が必要です。
10. 喜びを退屈と取り違えない
One would think the only way of giving pleasure was to be tedious.
まるで人に喜びを与えるには、退屈でなければならないかのようだ。
出典:Ambroise Vollard, Renoir: An Intimate Record (1925), Chapter X
軽やかに作られた作品を低く見る風潮への反論です。苦労の痕跡を見せることと、作品の深さは同じではありません。
努力は必要でも、その重さを受け手へ押しつける必要はありません。よく練られた表現ほど、自然で親しみやすく見えることがあります。
色と技法を学び直す
11. 一本の木にすべてを見る
What I like so much about Corot is that he gives you everything in a mere sketch of a tree.
コローの素晴らしさは、一本の木の簡素なスケッチだけで、すべてを与えてくれるところだ。
出典:Ambroise Vollard, Renoir: An Intimate Record (1925), Chapter XI
少ない手数の中に空気や場所の感覚まで宿る、コローの絵への賛辞です。情報量ではなく、必要な関係が保たれているかを見ています。
省略は、観察不足ではできません。何が本質かを見極めたうえで、残す線と色を選ぶ技術です。
12. 黒は色の女王
Black is the queen of colours!
黒は色の女王だ。
出典:Ambroise Vollard, Renoir: An Intimate Record (1925), Chapter XII
印象派は黒を使わないという単純化に、ルノワールは強く反発しました。黒もまた、他の色を支え、画面を豊かにする色です。
規則として避けるのではなく、必要な場面で使えるかを考えます。道具の価値は、流派の標語より実際の効果で決まります。
13. 公式を押しつけない
Always this mania for imposing a lot of rigid formulas and processes on the painter!
画家へ硬直した公式や手順を押しつけたがる、この熱病はいつも同じだ。
出典:Ambroise Vollard, Renoir: An Intimate Record (1925), Chapter XII
印象派の技法まで教条化しようとする批評への反発です。新しい方法も、固定されれば別の制約になります。
手順は学びの足場になりますが、対象が変われば調整が必要です。方法を守ることより、何を見て何を表したいかを先に置きます。
14. 絵画に万能の方法はない
The truth is that in painting, as in the other arts, there’s not a single process, no matter how insignificant, which can reasonably be made into a formula.
絵画でも他の芸術でも、どれほど小さな手順であれ、公式にしてよいものは一つもない。
出典:Ambroise Vollard, Renoir: An Intimate Record (1925), Chapter XII
油の量さえ毎回判断し直すという実作の経験から出た言葉です。素材と環境は少しずつ異なり、同じ処方では応えられません。
熟練とは、手順を暗記することだけではありません。変化を察知し、その場に合う判断を重ねる力でもあります。
15. 理論より自然は大きい
You come to Nature with your theories, and she knocks them all flat.
理論を携えて自然へ向かっても、自然はそれをことごとく打ち倒す。
出典:Ambroise Vollard, Renoir: An Intimate Record (1925), Chapter XII
知識を否定しているのではなく、理論だけで自然を支配したと思う傲慢さを戒めています。実際の光や色は、予定した説明からはみ出します。
仮説を持って観察し、合わなければ修正する。この往復が、目と技法を育てます。
迷い、壊し、もう一度始める
16. 画家を止める愚かさはない
Fortunately there is no stupidity in the world that can make a painter stop painting.
幸い、画家に絵をやめさせられるほどの愚かさは、この世に存在しない。
出典:Ambroise Vollard, Renoir: An Intimate Record (1925), Chapter XII
批評や制度への苛立ちを語りながらも、最後には制作そのものの強さへ戻ります。外の評価が混乱しても、仕事は続けられます。
継続は、反論を言い尽くすことではありません。自分の課題へ戻り、手を動かすことで判断を取り戻します。
17. 成功した方法を疑う
I had wrung Impressionism dry, and I finally came to the conclusion that I knew neither how to paint nor draw.
私は印象派を絞り尽くし、ついには自分が絵も素描も知らないのだと結論した。
出典:Ambroise Vollard, Renoir: An Intimate Record (1925), Chapter XIII
評価を得ていた方法を、自ら行き止まりだと認めた言葉です。成功は、学び直しを不要にする保証ではありません。
分からないと認めることは後退ではなく、次の課題を見つける出発点です。ルノワールは古典の素描と技法へ戻りました。
18. 瞬間の効果だけでは単調になる
If the painter works directly from Nature, he ultimately looks for nothing but momentary effects; he does not try to compose, and soon he gets monotonous.
画家が自然を前に描くだけなら、やがて瞬間の効果しか探さなくなり、構成を考えず、すぐ単調になる。
出典:Ambroise Vollard, Renoir: An Intimate Record (1925), Chapter XIII
戸外制作を切り開いた一人が、その限界も率直に語っています。見たままの新鮮さと、画面を組み立てる仕事は別の課題です。
直接観察と室内での再構成を往復することで、印象は作品へ変わります。一つの方法を絶対視しない姿勢です。
19. 一気に描いたように見えるまで
Only the painter who knows his business thoroughly can create the impression that a picture was done at one stroke.
仕事を徹底して知る画家だけが、絵を一気に描き上げたように見せられる。
出典:Ambroise Vollard, Renoir: An Intimate Record (1925), Chapter XIV
ベラスケスの自然な筆致を、容易さではなく深い熟練の結果として見ています。軽快に見える表現の背後には、多くの試行があります。
努力を目立たせず、結果を澄ませるのが技術です。簡単そうに見えることほど、基礎の厚みが支えています。
20. 年を重ねるほど黒を愛する
The older I grow, the more I love black!
年を重ねるほど、私は黒を愛する。
出典:Ambroise Vollard, Renoir: An Intimate Record (1925), Chapter XIV
若い頃の鮮やかな色彩で知られる画家が、晩年に黒の力を再発見しています。好みは固定されず、経験によって深まります。
成熟とは選択肢を狭めることではなく、以前は見落としていた価値に気づくことでもあります。

