自然と美を受け取る言葉
21. 美しいものの存在を喜ぶ
この世に美しき物あるは 我等の喜び
出典:静物「この世に美しき物…」(1972年、APJ W79064/実篤記念館蔵 A-J-143)
美しいものを所有できるからではなく、存在していること自体を喜んでいます。自分のものにしなくても喜べる美は、欲望と感謝の間に静かな距離をつくります。
散歩の途中の木、知らない人の演奏、遠い時代の作品。立ち止まって受け取るだけなら、暮らしの豊かさは所有物の数だけで決まりません。
22. 果物の美しさに驚く
この世に美しき果物ある事は うれしき哉
出典:「蔬菜図」(最後の油絵、昭和49年、APJ W79240/実篤記念館蔵 A-O-032)
八十九歳の実篤が最後の油絵に添えた言葉です。描き慣れた果物をなお「うれしき」と見られることに、晩年の感受性があります。
慣れは生活を効率よくしますが、同時に身近なものを見えにくくします。いつもの食卓で色や形を一つ言葉にするだけでも、知っているものを初めて見るような時間が戻ります。
23. 自然の技と人の技をともに愛す
我は愛す 天工 人工
出典:「花と俑」(昭和44年、APJ W78986/実篤記念館蔵 A-J-065)
自然がつくった花と、人がつくった器や像。そのどちらかを上に置かず、二つの創造を並べて愛しています。自然崇拝にも、技術万能にも寄りかからない視線です。
自然をよく見ることが人の制作を深め、人の手でつくられたものが自然の妙を教えることもあります。実篤の文学と絵画が互いを照らしたように、異なる営みは競わずに響き合えます。
24. 自然も人生も測り尽くせない
自然玄妙 人生玄妙
出典:「自然玄妙 人生玄妙」(昭和50年、APJ W79007/実篤記念館蔵 A-J-086)
「玄妙」は、奥深く、言葉では測り尽くせないことです。自然だけでなく人生にも同じ語を置き、説明できない部分を欠陥ではなく深さとして残しています。
分からなさは不安を生みますが、すべてを早く結論づけると現実を細くしてしまいます。判断が必要なことは決めつつ、まだ名前のない感情や可能性には空白を残す。その余白も知性の一部です。
私には、晩年の実篤が到達した答えというより、最後まで世界へ驚き続ける姿勢に見えます。
25. 最後まで生き抜く
我は生き抜く
出典:「笹」(昭和44年、APJ W78988/実篤記念館蔵 A-J-067)
わずか六文字ですが、苦しさを飾る言葉ではありません。笹の生命に重ねて、与えられた時間を途中で投げずに生きる意志を示しています。
生き抜くことは、いつも強く振る舞うことではないでしょう。休む、助けを求める、明日へ判断を延ばすことも、命をつなぐ選択です。前向きになれない日には、次の一歩ではなく、今日を越えることだけで十分な場合があります。
関連書籍
武者小路実篤の画讃は短く親しみやすい一方、その背景には白樺派の個人主義、新しき村の共同体思想、長い創作生活があります。作品そのものを読むと、明るい言葉の背後にある葛藤も見えてきます。
まとめ
武者小路実篤の25の言葉は、自分の花を咲かせることと、他者の花を喜ぶことを対立させません。個性を生かしながら仲よくすること、努力しながら身近な美を受け取ること。そこに、彼の人間肯定の核があります。
実篤の明るさは、苦労を見ない明るさではありません。棘も沈黙も分からなさも含めて、それでも生命の働きを信じる明るさです。今の自分に近い一節を一つだけ選び、急がず心に置いてみてください。
出典・参考文献
- 調布市武者小路実篤記念館「よくある質問」
- 調布市武者小路実篤記念館「絵葉書に新しい絵柄が増えました」
- Art Platform Japan「野菜図『君は君…』」
- Art Platform Japan「勉強勉強(旧)」
- Art Platform Japan「私は一つの存在」
- Art Platform Japan「この世に美しき物…」
- Art Platform Japan「蔬菜図」(最後の油絵)
- 国立国会図書館『武者小路実篤全集 第10巻』書誌

