欲望と逆境を越え、人生を選び直す名言
持ちすぎる苦しさ、周囲に合わせる生き方、嘘のない関係を通して、再出発の手がかりを探します。
21. 欲望を広げ続けても、最後に必要な土地はわずかである
His servant picked up the spade and dug a grave long enough for Pahom to lie in, and buried him in it. Six feet from his head to his heels was all he needed.
召使いは鍬を取り、パホームが横たわれるだけの墓を掘って埋葬した。頭からかかとまで六フィート。それが彼に必要な土地のすべてだった。
出典:トルストイ『人にはどれほどの土地が必要か』第9章、結末の語り(英訳はLouise and Aylmer Maude訳、日本語訳は筆者訳)
もっと広い土地を得ようと、一日の限界まで歩き続けたパホームの結末です。必要と欲望の境界が消えると、得るための手段が、守りたかった人生そのものを奪うという寓話になっています。
目標や収入を増やすことが悪いのではありません。ただ、「何のために」を失ったまま増やし続けると、満足の地点も遠ざかります。十分という線を、自分で一度決めておく必要があります。
今日の小さな一歩:今欲しいものを一つ書き、その横に「これで何を守りたいのか」と添えてみてください。
22. 整った普通の人生にも、見ないふりをした空虚さが潜む
Ivan Ilych’s life had been most simple and most ordinary and therefore most terrible.
イワン・イリイチの人生は、きわめて単純で、きわめて平凡であり、それゆえにこそ恐ろしかった。
出典:トルストイ『イワン・イリイチの死』第2章、人物紹介の語り(公開英訳を参照、日本語訳は筆者訳)
社会的に正しいとされる進路を選び、仕事も家庭も体裁よく整えた人生が、死を前に問い直されます。平凡な生活そのものを否定しているのではなく、自分の良心より周囲の評価だけを基準にした平凡さが問題にされています。
目立つ成功がなくても、日々を誠実に生きることには価値があります。反対に、肩書きが整っていても、心から大切にしたいものを抑え続ければ、内側の空虚さは消えません。
23. 誰もが死ぬからこそ、目の前の苦労を惜しまない
We shall all of us die, so why should I grudge a little trouble?
私たちは皆いつか死ぬのです。ならば、少しくらいの骨折りを、なぜ惜しむのでしょう。
出典:トルストイ『イワン・イリイチの死』第7章、ゲラシムの台詞(公開英訳を参照、日本語訳は筆者訳)
死を隠そうとする周囲と違い、召使いのゲラシムだけが現実を認め、夜通しイワンの身体を支えます。死を知ることが冷淡さではなく、具体的な思いやりへつながっている点が印象的です。
自分をすり減らすまで尽くす必要はありません。それでも、時間が有限だと知ると、面倒に見えた小さな親切の重みが変わります。できる範囲を決めて、相手の苦痛を少し軽くすることは選べます。
今日の小さな一歩:誰かのために一分でできることを一つだけ選び、無理のない範囲で済ませてみてください。
24. 周囲と自分の偽りが、苦しみをさらに深くする
This falsity around him and within him did more than anything else to poison his last days.
彼の周囲と彼自身の内にある偽りが、何よりも強く、その最期の日々を毒していた。
出典:トルストイ『イワン・イリイチの死』第7章、病床をめぐる語り(公開英訳を参照、日本語訳は筆者訳)
家族や医師は、本人が死に近づいていると知りながら、治療すれば元へ戻るように振る舞います。イワン自身も、その嘘へ合わせ続けたため、身体の痛みに孤独が重なりました。
私はこの一文を、すべてを残酷なほど率直に言う勧めではなく、相手が感じている現実を否定しないための言葉として読みたいです。「つらくないはず」「大丈夫なはず」と決めず、まず本人の言葉を聞く誠実さがあります。
25. 人生全体が間違っていた可能性を、恐れながら問い直す
What if my whole life has been wrong?
もし、私の人生全体が間違っていたのだとしたら。
出典:トルストイ『イワン・イリイチの死』第11章、イワン・イリイチの内なる問い(公開英訳を参照、日本語訳は筆者訳)
死を前にして初めて、社会的に正しかった人生と、自分が本当に生きるべきだった人生のずれを疑います。短い問いですが、物語全体を反転させる力があります。
過去をすべて否定する必要はありません。変えられないものと、今から修正できるものを分ければ、後悔は自己処罰だけで終わらず、方向を変える材料になります。
今日の小さな一歩:最近の選択を一つ振り返り、「自分の価値観と合っていたか」を一行だけ確かめてみてください。
生と死、人生の意味に向き合うトルストイの名言
死を遠ざけずに見つめることで、今どう生きるかを静かに問い直す言葉です。
26. 生きたいという願いの先で、どう生きるかを問う
“What do I want? To live and not to suffer,” he answered. “To live? How?” asked his inner voice.
「私は何を望むのか。生きたい、苦しまずに生きたい」と彼は答えた。「生きるとは、どのように?」と内なる声が尋ねた。
出典:トルストイ『イワン・イリイチの死』第9章、イワン・イリイチの内的対話(公開英訳を参照、日本語訳は筆者訳)
イワンは、ただ以前の快適な生活へ戻りたいと願います。しかし内なる声は、「生きる」という言葉の中身を問い返します。時間が続くことと、本当に生きていることは同じなのかという問いです。
苦しみが強いときに、人生の理想を決める必要はありません。まず安全や休息を確保し、そのうえで「少し生きていると感じられることは何か」を探せます。窓を開ける、好きな音を一曲聴くことからでもかまいません。
27. 死への恐れが消えた場所に、光が現れる
He sought his former accustomed fear of death and did not find it. “Where is it? What death?” There was no fear because there was no death. In place of death there was light.
彼は、これまで慣れ親しんできた死への恐れを探したが、見つからなかった。「どこにある。何の死だ」。死がないため、恐れもなかった。死の代わりに、そこには光があった。
出典:トルストイ『イワン・イリイチの死』第12章、結末の語り(公開英訳を参照、日本語訳は筆者訳)
自分の人生を正当化することから離れ、妻と息子の苦しみを思いやった瞬間、イワンの死への恐れが変化します。宗教的な救済としても、人への愛によって自己中心的な恐怖から抜ける場面としても読めます。
死を怖がらないよう自分へ命じる必要はありません。この場面が示すのは、恐れを直接消すのではなく、最後まで自分ができる行為へ向きを変えたとき、恐れとの関係が変わりうることです。
28. 苦しみの中でも生を愛することが、最も難しい
Life is everything. Life is God. Everything changes and moves and that movement is God. To love life is to love God. Harder and more blessed than all else is to love this life in one’s sufferings, in innocent sufferings.
生命はすべてであり、生命は神である。すべては変わり、動き、その動きが神である。生命を愛することは神を愛することだ。何より難しく、また恵まれているのは、苦しみの中で、罪のない苦しみの中で、この生命を愛することである。
出典:トルストイ『戦争と平和』第14巻第15章、ピエールの夢の中の思索(英訳はLouise and Aylmer Maude訳、日本語訳は筆者訳)
処刑の恐怖、捕虜生活、カラターエフの死を経験したピエールの夢に現れる言葉です。苦痛を喜べという命令ではありません。苦しみがある現実の中でも、生命とのつながりを完全には手放さない難しさを語っています。
時間と死を見つめるストア派の言葉も読みたい方には、セネカの人生・不安・人間関係に関する名言があります。苦しみを美化せず、今日守れる生活を一つ守ることも、生を選ぶ行為です。
29. 生きることと、人生を支える意味は切り離せない
To know God and to live is one and the same thing. God is life.
神を知ることと生きることは、一つで同じことだ。神とは生命である。
出典:トルストイ『告白』第12章(公開英訳を参照、日本語訳は筆者訳)
生きる理由を失い、自死の危機にあったトルストイが、神を抽象的な証明ではなく、生を可能にするものとして捉え直す場面です。宗教的な言葉であり、その背景を外して一般的な標語にはできません。
私には、人生を支える意味は、生活の外から後で付ける説明ではなく、生きる行為そのものと結びついている、という告白に感じられます。自分にとって生命を感じさせる関係や仕事を、軽く扱わないための問いになります。
30. よりよく生きるとは、完璧になるより意志と行動を合わせること
The chief and only aim of my life is to be better, that is, to live in accord with that Will.
私の人生の中心となる唯一の目的は、よりよくなること、すなわち、その意志に沿って生きることである。
出典:トルストイ『告白』第12章(公開英訳を参照、日本語訳は筆者訳)
信仰を取り戻したトルストイが、自分の人生の方向を言葉にした箇所です。「よりよく」は、他人より優れることではありません。自分が正しいと信じる意志と、日々の行動を近づけることです。
一度に人生全体を立て直そうとすると、完璧主義が再び動きを止めます。小さくラフに始め、ずれたら戻る。善進とは、現実を一ミリ善くすることです。
今日の小さな一歩:今日の選択を一つだけ、自分が大切にしたい価値へ近づく形に変えてみてください。
トルストイをさらに深く読むための関連書籍
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名言の前後には、登場人物の矛盾、時代の制度、長い思索があります。気になった言葉は、作品全体へ戻って読むと、短い引用だけでは見えなかった意味や、話者への批判的な距離も見えてきます。
まとめ|トルストイの名言を、今日の生活へ持ち帰る
トルストイの名言30選には、幸福を余分なものから取り戻すこと、考えだけでなく生き方を点検すること、自分の良心を欺かないこと、愛と慈悲を制度や欲望より上に置くこと、そして死を見つめながら今を生きることが描かれていました。
小説の台詞には、語る人物の弱さや矛盾も含まれています。一文を絶対の正解として使うのではなく、誰が、どの場面で語ったのかを知り、自分の現実にはどこまで当てはまるかを考えることで、名言は押しつけではなく問いになります。
心に残った言葉を一つ選び、一行書く、一通返す、一分始める。それくらいの小さな善進で十分です。言葉は、覚えたときよりも、今日の生活をほんの少し誠実にする行動へ変わったとき、静かに生き始めます。
出典・参考文献
著作本文の公開英訳の照合には、Project Gutenbergで公開されているトルストイ『アンナ・カレーニナ』『戦争と平和』、Tolstoy Archiveで公開されている『復活』『告白』『イワン・イリイチの死』『人は何で生きるか』『三つの質問』『人にはどれほどの土地が必要か』を使用しました。各引用は作品内の一続きの箇所を確認し、日本語訳は筆者が作成しています。

