室生犀星の名言25選|故郷・詩・愛・自然を見つめる言葉

室生犀星本人の1948年肖像

執筆・編集:meigen89

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「ふるさとは遠きにありて思ふもの」。室生犀星の名を聞くと、まずこの一行を思い浮かべる人は多いでしょう。けれども、その言葉は故郷礼賛ではありません。帰りたいのに帰れない心、帰っても安らぎきれない心を、痛みごと見つめた詩です。

犀星は、孤独や貧しさを美談に変えず、そこから生まれる愛、友情、創作への執念を率直に書きました。晩年には庭の水や石、草木にも人の心に通うものを見いだしています。

ここでは本人の詩集・随筆に確認できる言葉から25選を紹介します。遠くへ行くことと戻ること、書くことと生きること、老いの悲しみまで、犀星の言葉が持つ静かな奥行きをたどります。

故郷は、近さではなく距離の中にある

1. ふるさとは遠くから思うもの

ふるさとは遠きにありて思ふもの
そして悲しくうたふもの

出典:室生犀星『抒情小曲集』「小景異情 その二」

故郷は帰れば満たされる場所だ、と単純には言いません。遠く離れて初めて立ち上がる像があり、その像には懐かしさだけでなく、帰れなさの悲しみも混じっています。

記憶は過去をそのまま保存するのではなく、現在の感情に照らして組み直されると考えられています。だから故郷を思う心が時とともに変わるのは、不実ではありません。今の自分が、過去ともう一度関係を結び直しているのです。

遠さは、失ったものを美しくするだけでなく、その痛みを言葉にできる距離でもありました。

2. 旅が眼を明るく開く

旅にいづることにより
ひとみあかるくひらかれ

出典:室生犀星『抒情小曲集』「旅途」

旅は景色を増やすだけでなく、見る側の眼を変えます。慣れた場所を離れると、当たり前だった輪郭がほどけ、世界がもう一度新しく見えてくる。

私には、遠出だけを勧める言葉とは読めません。いつもの道を一本変える、知らない本を開く。そんな小さな移動にも、眼を開き直す力は宿り得ます。

3. 新しい草木と夢を信じる

知らぬ地上に印す
あらたなる草木とゆめと唯信ず

出典:室生犀星『抒情小曲集』「旅上」

知らない土地へ踏み出すとき、確かな保証はありません。犀星が頼りにするのは、まだ見ぬ草木と夢です。抽象的な成功ではなく、地上に根を持つものへ希望を預けています。

先の全部を見通せなくても、次に触れられるものを一つ信じることはできます。不安を消してから進むのではなく、不安と並んで置ける小さな好奇心を探す。旅立ちには、そのくらいの灯が似合います。

4. 故郷は、こっそり訪ねる場所

故郷というものは一人でやつて来て、こつそりと夜の間か昼の間にぬけ出てかへるところであつた。

出典:室生犀星『故郷を辞す』

よく知られた「遠きにありて」と響き合いながら、こちらはさらに具体的です。故郷には人間関係も時間も残っていて、懐かしさだけでは受け止めきれません。静かに来て、静かに去る距離が必要なこともある。

郷愁には、過去を実際より温かく感じやすい傾向が含まれることがあります。それでも美しい記憶を否定する必要はありません。ただ、記憶の故郷と現在の故郷は別のものだと知れば、期待を少しやわらげられます。

5. 故郷の滋味に帰る

私の心はまるで新鮮な
浄らかな力にみちて来て
みるみる故郷の滋味に帰つてゐた

出典:室生犀星『愛の詩集』「犀川の岸辺」

故郷に傷つく犀星も、故郷から力を受け取る犀星も、どちらも本当です。「滋味」は派手な慰めではなく、ゆっくり身体へ沁みる味わいを表します。

人や場所を、好きか嫌いかの二択に閉じ込めなくてもよいのでしょう。離れたい気持ちと、養われた事実を同時に抱える。その矛盾を許したとき、故郷は支配する場所ではなく、自分の一部として落ち着き始めます。

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室生犀星の言葉を、詩の流れの中で読む

短い一節も、前後の呼吸とともに読むと印象が変わります。代表的な詩集や選集をたどれば、故郷への複雑な思いと、詩を生きる覚悟がより立体的に見えてきます。

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詩を書くことは、生きることに近い

6. 詩は永遠の宗教である

詩はわれにとつて永遠の宗教なり。

出典:室生犀星『抒情小曲集』「抒情詩信条」

ここでいう宗教は、教義への服従というより、生涯を貫く拠り所でしょう。詩は犀星にとって職業の一部ではなく、世界と自分を結び直す根本の営みでした。

何を得るかより、何に繰り返し帰ってくるか。その問いに答えられるものがあると、生活は一本の見えない軸を持ちます。創作でなくても、読むこと、育てること、誰かを支えることが、その人の「永遠」になる場合があります。

7. 美しいものは、人を善さへ導く

誰もみな善い美しいものを見たときに自分もまた善くならなければならないと考へる貴重な反省。

出典:室生犀星『抒情小曲集』「序曲」

美を飾りとしてではなく、倫理へ向かう入口として捉えています。心を動かされたとき、自分もその美しさに恥じない者でありたいと願う。その反省まで含めて、芸術の働きだというのです。

私は、美しい作品がただ気分を良くするだけでなく、見る者の姿勢をそっと正すという考えに惹かれます。鑑賞のあとに言葉遣いが少し丁寧になるなら、その変化も作品の続きを生きることなのでしょう。

美は人を裁くのではなく、まだ変われることを思い出させます。

8. 何に焦がれて書くのか

なににこがれて書くうたぞ

出典:室生犀星『抒情小曲集』「小景異情 その五」

短い問いですが、創作の根へ深く降りていきます。技術や評価より先に、何への焦がれが自分を机へ戻すのか。犀星は答えを固定せず、問いの熱を一行に残しました。

内発的動機づけとは、外からの報酬ではなく、行為そのものへの興味や喜びに動かされることです。続かなくなった仕事や学びでは、成果を責める前に「何に焦がれて始めたか」を思い出すと、細い道が戻ることがあります。

9. 詩を書くことは、生きてゆくこと

おお 自分だちが詩をかくことは
生きてゆくことと同じだ

出典:室生犀星『愛の詩集』「何故詩をかかなければならないか」

誇張ではなく、切実な自己認識です。貧しさや無理解のなかでも、書くことを生活から切り離せなかった。詩は犀星を現実の外へ逃がすものではなく、現実を生き抜く呼吸でした。

盟友の萩原朔太郎の言葉にも、詩と孤独を分けられない感覚があります。方法は違っても、二人は表現を余暇ではなく、生の中心に置いていました。

10. 書いて、書き通す

私はただかいてかきとほすことを考へ仕事にした。それをみんなが読んでくれればいい、救はれるものは救はれるし、楽しめるものは楽しめると思つたからだ。

出典:室生犀星『愛の詩集』「『愛あるところに』の終りに」

作品が誰をどのように救うかは、作者にも決められません。犀星が引き受けたのは、書き通すところまでです。その先の受け取り方は、読む人へ開いています。

反応を完全に制御しようとすると、手が止まりやすくなります。自分にできる一手へ戻り、まず今日の一行を置く。完璧な到達より、仕事を再開できる場所を守る言葉です。

友情と愛は、孤独を消さずに支える

11. 苦しみを分け合う友

君の苦しんでゐるものは
又私にも分たれる
私の苦しみをも
又君に分たれる

出典:室生犀星『愛の詩集』「萩原に与へたる詩」

友情を、楽しい時間の共有だけで測っていません。相手の苦しみがこちらにも分けられ、自分の痛みも相手へ届く。その相互性が二人を結びます。

社会的支援には、問題を解決する助けだけでなく、「理解されている」という感覚も含まれます。苦しみを消せなくても、孤立を薄くすることはできる。言葉が見つからない日には、急いで励ますより、そばにいる合図だけで十分なこともあります。

12. 離れても、友情は終わらない

私はもはや君と離れることはないであらう

出典:室生犀星『愛の詩集』「萩原に与へたる詩」

距離を否定する言葉ではありません。会えない時間を経ても、相手から受け取ったものが自分の中で働き続ける。その意味で、離別は関係の消滅ではないのでしょう。

『愛の詩集』には、若い日の散歩や制作の苦労が刻まれています。思い出は過去へ閉じるのではなく、現在の判断や創作に参加し続けます。人との縁は、ときに不在になってから深い形を得ます。

会えないことと、つながりがないことは同じではありません。

13. 愛のある場所を目指す

自分は愛のあるところを目ざして行くだらう
悩まされ駆り立てられても
やはりその永久を指して進むだらう

出典:室生犀星『愛の詩集』「序詩」

苦しみがなくなったから愛へ進むのではありません。悩まされ、追い立てられながらも、方角だけは手放さない。愛は安住の地というより、歩みを測る羅針盤です。

苦しいときほど、正解を大きく考えすぎてしまいます。誰かへの一通を乱暴にしない、目の前の仕事を誠実に終える。愛の方向へ現実をほんの少し動かす選択なら、今日にも残されています。

14. 一切を愛したい

自分は無限に一切を愛したいのだ

出典:室生犀星『愛の詩集』「自分の使命」

「愛している」と断言するのではなく、「愛したい」と願っています。自分の中の毒念も知る人の願望だからこそ、きれいごとだけでは終わりません。

個人的には、この未完成の言い方に強さを感じます。十分に寛大でない自分を責め切るより、それでも愛する方へ向き直る。完成した徳ではなく、繰り返し選び直す意志がここにあります。

15. 人の中には、高さも低さもある

凡ては僕の中にあるのだ
高いものや 善良きものや 深いものや
また卑しい低いものさへ潜んでゐるのだ

出典:室生犀星『愛の詩集』「汚れにも生きられる」

人間を善と悪に切り分けず、両方が自分の内にあると認めます。卑しさを外の誰かだけに押しつけない態度は厳しい。しかし、その自覚があるからこそ、よりよい方を選ぶ余地も生まれます。

これは自己嫌悪の勧めではありません。衝動と行動を同じものにせず、心に浮かぶものを見つめたうえで、何を外へ出すかを決める。人の複雑さを引き受ける、成熟した率直さです。

仕事と成長は、内なる芽を育てる

16. 一人でも本気でいればいい

僕一人でも本気で居ればいいのだ

出典:室生犀星『愛の詩集』「打ち打たるるもの」

孤立を美化する言葉ではなく、自分の真剣さの責任を他人に渡さない決意です。周囲の理解が遅くても、自分まで自分の仕事を軽く扱う必要はありません。

自己効力感とは、「自分は必要な行動を起こせる」という見通しです。それは万能感ではなく、次の一手を選べる感覚に近いもの。支持が乏しい日ほど、結果ではなく、今日守れた小さな約束を確かめると足場になります。

17. 内に埋められた芽は、試されて育つ

自分の中に埋められた良き芽は
だんだん試みられて育つ
だんだんふとるのだ

出典:室生犀星『愛の詩集』「良きもの深きもの」

成長を、外から何かを足すことだけではなく、すでに内にある芽が試される過程として描きます。「だんだん」という反復が、時間を急がせません。

芽は一日で木にならず、試練も直ちに意味へ変わるわけではありません。昨日よりわずかに太くなった部分を見落とさないこと。成果の派手さより、続いている変化に目を向ける言葉です。

18. 子どもの前では嘘を言えない

子供の前で嘘は言へない
子供の前では恥かしいことだらけだ

出典:室生犀星『愛の詩集』「子供らを慰めに行く」

子どもを無垢な象徴として遠くから眺めるだけでなく、その眼差しによって大人の側が測られています。教える者が、逆に自分の不誠実さを照らされる構図です。

人は、自分が尊敬したい相手や守りたい相手を思うと、行動の基準を保ちやすくなることがあります。迷う場面で「この選択を見せられるか」と静かに問うことは、抽象的な正しさを具体的にします。

19. 俳句ほど若々しい文学は少ない

俳句ほど精神に若さ初々しさを持つてゐる文学はすくない。

出典:室生犀星『俳句は老人文学ではない』

短い形式を、老成や枯淡だけに結びつける見方へ反論しています。限られた十七音だからこそ、世界に初めて触れるような新鮮さが求められる、と犀星は考えました。

私は、若さを年齢ではなく感受性の働きとして読むところが好きです。見慣れた雨や草を、今日初めてのものとして受け取れるか。短い表現は、観察の鮮度を試します。

20. 美しいものは、細部で深くなる

一瞥荒く二瞥やや細く三瞥驚嘆する程の細微を尽すべきである。

出典:室生犀星『庭をつくる人』「竹の庭」

最初の一目ではおおらかに見え、二度、三度と見るほど細やかさが現れる。犀星が理想とした庭は、派手な仕掛けで驚かせるのではなく、見る時間に耐える庭でした。

堀辰雄の言葉にも、細部から生と美をすくい取る感性があります。文章でも仕事でも、説明を足し尽くすより、見返した人に新しい発見が残る余白をつくる。その丁寧さは、静かな信頼につながります。

二度目の視線に応えるものは、長く愛されます。

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