室生犀星の名言25選|故郷・詩・愛・自然を見つめる言葉

室生犀星本人の1948年肖像

水、石、草木から人の心を読む

21. 水のない庭は息苦しい

水というものは生きているもので、どういう庭でも水のないところは息ぐるしい。

出典:室生犀星『庭をつくる人』「つくばい」

庭の技法を語りながら、水を生命の呼吸として捉えています。わずかな手水鉢でもよいというところに、豪華さより気配を重んじる美意識があります。

生活にも、小さな水場のような余白が要るのかもしれません。予定を全部埋めず、数分だけ何もしない時間を残す。実用にならないように見える静けさが、息苦しさをほどくことがあります。

22. 一掬の清水が、庭の誠を映す

実際、一掬の清水はよく庭裏の誠をうつすからである。

出典:室生犀星『庭をつくる人』「つくばい」

手ですくえるほどの水に、庭全体の誠が映る。小さな部分は全体から切り離されておらず、そこへの手入れに作り手の姿勢が現れるというのです。

私には、日々の仕事にも通じる比喩に思えます。目立つ成果だけでなく、誰も見ない一文や片づけ方に、その人の誠実さは宿る。すべてを完璧にするより、一掬に心を行き渡らせる方が、確かな仕事になるのでしょう。

23. 人は最初にも最後にも石と遊ぶ

人間はその成長の途中で石を最初におもちゃにするようであるが、また最後におもちゃにするのも石のようである。

出典:室生犀星『庭をつくる人』「石について」

幼い手が拾う石と、老いて庭に置く石が、一つの生涯を円くつなぎます。石は何も語らないからこそ、触れる人の時間を受け止めるのでしょう。

効率や所有から離れ、ただ手触りや重さを味わう。その行為には、子どもの遊びと晩年の観照が重なります。成長とは、最初の感覚を捨てることではなく、長い道のあとで深く取り戻すことかもしれません。

24. 好みは人間をつくる

好みは人間をつくるものである。

出典:室生犀星『庭をつくる人』「竹の庭」

何を好きだと言うかだけではなく、毎日何を近くに置き、何に時間を渡すか。その積み重ねが感覚を育て、やがて人柄にも染み込んでいきます。

中原中也の言葉を読む時間と、流れ続ける情報を眺める時間では、心に残るリズムも違います。環境を大きく変えなくても、今日目に入れる一つを丁寧に選ぶことはできます。

25. からだじゅうが悲しい日もある

生きてたたみを這うてゐるえせえび一疋。
からだじうが悲しいのだ。

出典:室生犀星『老いたるえびのうた』

悲しみの所在を角やひげや棘に尋ねても、どこにも答えがない。最後に、身体全体が悲しいのだと気づきます。晩年の衰弱を、犀星は滑稽さを失わずに書きました。

私はこの結末に、説明できない痛みを無理に理由へ変えない優しさを感じます。原因を一つに決められない日があってもよい。林芙美子の言葉と同じく、弱さを飾らず、それでも生きている身体の側から言葉を起こしています。

悲しみの理由が見つからなくても、その悲しみまで疑わなくてよいのです。

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まとめ

室生犀星の名言25選をたどると、故郷は美しい思い出であると同時に、簡単には帰れない場所でもありました。詩は生きることと重なり、友情は孤独を消すのではなく、その重さを分け合います。

晩年の犀星は、水や石、草木、老いた身体の中にも言葉を見つけました。悲しみを急いで意味づけず、今日触れられる一掬の水を見る。その静かな眼差しは、現実をわずかに深く生きるための余白を残してくれます。

出典・参考文献

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