渋沢栄一は、明治から大正にかけて数多くの企業や社会事業に関わり、「道徳と経済は両立できる」という考えを実践した人物です。その思想は、談話や講演を編んだ『論語と算盤』に集約されています。
渋沢の言葉は、利益を否定する精神論ではありません。正しい方法で利益を生み、信頼を積み重ね、社会全体を豊かにするための実践論です。仕事、人生、人間関係、逆境に悩む現代にも、そのまま持ち帰れる判断基準があります。
この記事では、公益財団法人渋沢栄一記念財団が公開する『論語と算盤』(東亜堂書房、1916年再版)のテキストを中心に、候補52件を章単位で照合し、意味が一続きで完結する言葉を30個選びました。原文の旧字・旧仮名遣いを基本的に保ち、英訳は筆者訳として添えています。
『論語』との関係を先に知りたい方は、孔子の名言30選もあわせて読むと、渋沢の「義利合一」がより理解しやすくなります。
道徳と利益を両立させる渋沢栄一の名言
1. 道徳がなければ、富は長続きしない
The root of true wealth is morality and right principle; wealth not grounded in them cannot endure.
其の富を成す根源は何かと云へば、仁義道徳、正しい道理の富でなければ、其の富は完全に永続することが出来ぬ。
出典:渋沢栄一述・梶山彬編『論語と算盤』(再版、東亜堂書房、1916年)「論語と算盤は甚だ遠くして甚だ近いもの」(英訳は筆者訳)
渋沢栄一は、利益そのものを否定していません。問題にしたのは、正しい道理から切り離された富は、信頼を失い、長く保てないという点です。
短期の数字だけでなく、その方法を人に説明できるかを確かめることが実践になります。今日の判断を「利益・相手・社会」の三方向から一度見直してみてください。
2. 商才は、道徳から離れてはならない
Business ability separated from morality—deception, vanity, and frivolous cleverness—is not genuine business ability.
道徳と離れた不道徳、詐瞞、浮華、軽佻の商才は、謂ゆる小才子小悧口であつて、決して真の商才ではない。
出典:渋沢栄一述・梶山彬編『論語と算盤』(再版、東亜堂書房、1916年)「士魂商才」(英訳は筆者訳)
うまく売る技術や交渉力だけでは、渋沢のいう「真の商才」には届きません。取引後にも関係が続くような誠実さが、商才の土台になります。
迷ったときは、売れるかどうかより先に「相手が後から知っても納得できる説明か」と問い直すと、判断が整います。
3. 論語の教えを、商売の基準にする
I came to believe that one could conduct business and create prosperity by following the teachings of the Analects.
論語の教訓に従つて商売し、利殖を図ることが能ると考へたのである。
出典:渋沢栄一述・梶山彬編『論語と算盤』(再版、東亜堂書房、1916年)「論語は万人共通の実用的教訓」(英訳は筆者訳)
渋沢は、道徳と経済を別々の世界に置きませんでした。『論語』を日常の人間関係だけでなく、商売や組織運営にも使える実践的な基準と捉えています。
経営判断の前に、約束を守る、相手を欺かない、独り占めしないという基本へ戻る。それが大きな理念を現場の行動に変える方法です。
4. 真正の利益は、仁義道徳に基づく
I believe that genuine profit can never endure unless it is founded on morality and justice.
真正の利殖は仁義道徳に基かなければ、決して永続するものでないと私は考へる。
出典:渋沢栄一述・梶山彬編『論語と算盤』(再版、東亜堂書房、1916年)「真正の利殖法」(英訳は筆者訳)
利益を得ることと、他者への配慮は両立できます。渋沢が否定したのは利益ではなく、自分だけが得をすればよいという利己的な利殖です。
商品やサービスが相手の役に立つか、対価に見合うか、継続して提供できるか。この三点を確認すると、利益と信頼を同じ方向へ進められます。
今日の小さな一歩:一分だけでよいので、いま止まっている作業のファイルを開いてください。完成ではなく、着手が善進です。
5. 義と利は、対立するものではない
Anyone who reads the Four Books can readily see that the teaching of Confucius and Mencius is the unity of righteousness and profit.
孔孟の訓が『義利合一』であることは、四書を一読する者の直ちに発見する所である。
出典:渋沢栄一述・梶山彬編『論語と算盤』(再版、東亜堂書房、1916年)「義理合一[義利合一]の信念を確立せよ」(英訳は筆者訳)
義を守れば利益を失い、利益を求めれば義を捨てるという二者択一を、渋沢は退けました。正しい方法で社会を豊かにすることが、義利合一です。
目先の利益と長期の信頼がぶつかったときは、長期の信頼を残す方を選ぶ。その積み重ねが、結局は事業の持続性を高めます。
行動・逆境・勇気を支える渋沢栄一の名言
6. 時期を待つことも、前進の一部である
While we should not shrink from necessary struggle, patiently waiting for the right time is also indispensable in life.
争を強て避けぬと同時に、時期の到来を気長に待つといふことも、処世の上には必要欠くべからざるものである。
出典:渋沢栄一述・梶山彬編『論語と算盤』(再版、東亜堂書房、1916年)「時期を待つの要あり」(英訳は筆者訳)
行動力は、いつでも突進することではありません。必要な努力を続けながら、条件が整うまで待つことも、現実的な行動の一部です。
待つ期間には、準備、学習、資金確保、人間関係づくりを進められます。「今は待つ」ではなく「待ちながら何を整えるか」を一つ決めてください。
7. 自然の逆境では、屈せず勉強を続ける
When facing adversity beyond one’s control, accept what fate has brought, wait calmly for what is to come, and continue striving without bending or breaking.
自然的の逆境に処するに当つては、先づ天命に安んじ、徐ろに来るべき運命を待ちつ〻撓まず屈せず勉強するが可い。
出典:渋沢栄一述・梶山彬編『論語と算盤』(再版、東亜堂書房、1916年)「大丈夫の試金石」(英訳は筆者訳)
自分の努力では変えられない逆境に対し、焦ってすべてを支配しようとすると消耗します。渋沢は、受け入れることと努力をやめることを区別しています。
変えられない条件は一行で書き、今日できることだけを別に書く。コントロールの範囲を分けると、力を使う場所が明確になります。
8. 現在において、正しいことを行う
I do not concern myself with heaven or hell; I believe that a person is worthy if they do what is right in the present.
私は極楽も地獄も心に掛けない、た〻゙現在に於て正しいことを行つたならば、人として立派なものであると信じて居るのである。
出典:渋沢栄一述・梶山彬編『論語と算盤』(再版、東亜堂書房、1916年)「現在に働け」(英訳は筆者訳)
遠い将来の評価より、現在の行動が正しいかを重視する言葉です。結果がすぐに出なくても、今の一手を誠実に選ぶことはできます。
迷いが大きいときは、人生全体の答えを出そうとせず、今日一日で最も正しい小さな行動を一つ選んでください。
「正しいことを行う」という視点は、マハトマ・ガンディーの名言30選にも通じます。
9. 仕事は、自分で箸を取って始める
Anyone who wants to accomplish something must take up the chopsticks and begin for themselves.
何か一と仕事しやうとする者は、自分で箸を取らなければ駄目である。
出典:渋沢栄一述・梶山彬編『論語と算盤』(再版、東亜堂書房、1916年)「自ら箸を取れ」(英訳は筆者訳)
機会や助力を待つだけでは、仕事は始まりません。渋沢は、用意された機会を生かす主体性を「自分で箸を取る」と表現しました。
一分でできる善進は、資料を開く、件名を書く、最初の一行だけ入力することです。誰かに始めてもらうのではなく、自分で着手の合図を出してください。
10. 正義に支えられた勇気を持つ
The power to press forward grows immensely when it is inspired by a sense of justice.
猛進する力が正義の観念を以て鼓舞されると、非常に勢を助長するものである。
出典:渋沢栄一述・梶山彬編『論語と算盤』(再版、東亜堂書房、1916年)「勇猛心の養成法」(英訳は筆者訳)
勢いだけの勇気は、方向を誤る危険があります。渋沢が重視したのは、正義という基準に支えられた勇気です。
行動前に「誰を守り、何を良くするためか」を短く言語化すると、衝動と勇気を区別しやすくなります。
今日の小さな一歩:今日の仕事を一つ選び、「誰の何を助けているか」を一行で書いてみてください。
仕事・人間関係・習慣を整える渋沢栄一の名言
11. 尊い仕事は、あらゆる場所にある
Honorable work is found everywhere; public office alone is not honorable.
人間の勤むべき尊い仕事は到る処にある、官だけが尊いのではない。
出典:渋沢栄一述・梶山彬編『論語と算盤』(再版、東亜堂書房、1916年)「論語は万人共通の実用的教訓」(英訳は筆者訳)
肩書や社会的な格だけで、仕事の価値は決まりません。生活や社会を支える働きは、さまざまな場所にあります。
他人からどう見えるかではなく、その仕事が誰の何を助けているかを書き出すと、自分の役割を具体的に捉え直せます。
12. 常識は、知・情・意の調和である
Common sense means avoiding eccentricity and stubbornness, discerning right from wrong and gain from loss, and keeping one’s words and actions in balanced measure.
事に当りて奇矯に馳せず、頑固に陥らず、是非善悪を見別け、利害得失を識別し、言語挙動すべて中庸に適ふものがそれである。
出典:渋沢栄一述・梶山彬編『論語と算盤』(再版、東亜堂書房、1916年)「常識とは如何なるものか」(英訳は筆者訳)
渋沢のいう常識は、単に世間に合わせることではありません。善悪、利害、感情、意志を偏らせず、状況に応じた判断をする力です。
強い感情があるときは、結論を急がず、事実・感情・望む結果を分けて書くと、判断のバランスを取り戻しやすくなります。
13. 口は、禍と福の両方の門である
The mouth is a gate not only to misfortune, but also to good fortune.
口は禍の門であると共に福の門でもある。
出典:渋沢栄一述・梶山彬編『論語と算盤』(再版、東亜堂書房、1916年)「口は禍福の門なり」(英訳は筆者訳)
発言は問題を生むことがありますが、沈黙すれば助けや理解も生まれません。大切なのは、話さないことではなく、必要な言葉を慎重に選ぶことです。
伝える前に「事実か」「相手に必要か」「今が適切か」を確認するだけで、言葉の禍を減らし、福を増やせます。
14. 人の長所を、社会のために生かす
While establishing myself, I have also sought to serve society, increase good works as far as possible, and advance the world.
一身を立つると同時に社会の事に勤め、能ふ限り善事を殖し、世の進歩を図りたいとの意念を抱持して居る。
出典:渋沢栄一述・梶山彬編『論語と算盤』(再版、東亜堂書房、1916年)「悪んで其の美を知れ」(英訳は筆者訳)
人を完全な善人か悪人かに分けず、長所を適切な場所で生かそうとする姿勢です。欠点を見ないのではなく、使える力を社会の利益へ向けます。
苦手な相手に対しても、人格全体を評価せず、「この仕事で信頼できる点は何か」と範囲を限定して考えると、協力の可能性が見えます。
15. 良い習慣は、人格をつくる
For everyone, consciously cultivating good habits in daily life is essential to living well in society.
何人も平素心して良習慣を養ふことは、人として世に処する上に大切なことであらう。
出典:渋沢栄一述・梶山彬編『論語と算盤』(再版、東亜堂書房、1916年)「習慣の感染性と伝播力」(英訳は筆者訳)
人格は、一度の決意よりも日々の反復によって形づくられます。小さな行動が重なると、考え方や周囲への影響まで変わっていきます。
続けたい行動を一分まで小さくし、同じ時間や場所に結びつけると、意志力に頼らず習慣化しやすくなります。
今日の小さな一歩:次の判断を、意図・結果・修正の三行で振り返ってみてください。
判断・学び・改善を深める渋沢栄一の名言
16. 善い動機だけでなく、結果も見る
We must carefully weigh both motive and result—the intention and the action, their nature and proportion.
動機と結果即ち志と所作の分量性質を仔細に較量して見なければならぬ。
出典:渋沢栄一述・梶山彬編『論語と算盤』(再版、東亜堂書房、1916年)「動機と結果」(英訳は筆者訳)
「善意だったからよい」と結果を無視することも、「結果がよかったからよい」と手段を正当化することも危険です。渋沢は両方を量る必要を説きます。
行動後に、意図・実際の結果・次回の修正を三行で振り返ると、善意をより良い実践へ変えられます。
17. 勉強の心を失えば、進歩は止まる
Whether old or young, anyone who loses the will to learn and strive can no longer progress or develop.
凡て人は老年となく青年となく、勉強の心を失つて終へば、其人は到底進歩発達するものではない。
出典:渋沢栄一述・梶山彬編『論語と算盤』(再版、東亜堂書房、1916年)「人生は努力にあり」(英訳は筆者訳)
年齢ではなく、学び続ける姿勢が発達を左右するという言葉です。勉強は資格取得だけでなく、仕事や人間関係を少し良くする工夫も含みます。
今日は新しいことを一つ覚えるより、昨日の失敗から一つ修正点を見つけるだけでも十分な学びです。
18. 迷ったら、常識に訴えて自問する
When faced with another person’s words, it is wise to appeal to common sense and question oneself.
先方の言葉に対し、常識に訴へて自問自答して見るが宜い。
出典:渋沢栄一述・梶山彬編『論語と算盤』(再版、東亜堂書房、1916年)「正に就き邪に遠ざかるの道」(英訳は筆者訳)
巧みな説明や周囲の勢いに押されると、自分の基準を見失いやすくなります。そこで一度立ち止まり、自分の常識へ問い返すことが必要です。
返事を急がず、「今すぐ決める必要はありますか」と確認するだけでも、判断の時間を取り戻せます。
19. 仕事には、心からの熱誠が要る
One must bring genuine enthusiasm to the work entrusted to oneself.
自分の職掌に対しては必ず此の熱誠がなくてはならぬのである。
出典:渋沢栄一述・梶山彬編『論語と算盤』(再版、東亜堂書房、1916年)「この熱誠を要す」(英訳は筆者訳)
命令されたことを形式的にこなすだけでなく、自分なりの関心や改善意識を持つことを渋沢は勧めました。熱誠は、派手な情熱より仕事への主体的な関与です。
今日の作業に「一つだけ良くするなら何か」と問い、改善を一つ加えると、受け身の仕事が自分の仕事へ変わります。
20. 日に新たな心掛けを持つ
In all things, the resolve to renew oneself day by day is essential.
何でも日に新の心懸が肝要である。
出典:渋沢栄一述・梶山彬編『論語と算盤』(再版、東亜堂書房、1916年)「日新なるを要す」(英訳は筆者訳)
長く続く制度や習慣は、安定を生む一方で形式化しやすくなります。渋沢は、毎日新しく見直す姿勢を重視しました。
昨日と同じ方法を続ける前に、不要な一工程を一つ消せないか確認してください。小さな改善が「日新」の実践です。
信頼と責任あるリーダーシップをさらに考えるには、リンカーンの名言30選も参考になります。