林芙美子は『放浪記』『浮雲』で知られる作家です。行商をする両親と各地を移り、工場やカフェーで働きながら詩と小説を書いた経験は、旅、貧しさ、孤独を見つめる言葉になりました。
同時代に書くことと女性の生を考えた宮本百合子の言葉や、個性と自立を説いた与謝野晶子の言葉と並べると、芙美子の率直で身体感覚のある文章がいっそう際立ちます。
ここでは青空文庫で公開されている本人の自伝的作品、随筆、紀行から、出典と前後の文脈を確認できた林芙美子の名言25選を紹介します。登場人物や他者の発言は本人の名言として扱わず、芙美子自身の地の文を中心に選びました。
放浪と故郷
1. 旅が故郷になる
私は宿命的に放浪者である。私は古里を持たない。
出典:『新版 放浪記』
林芙美子は、生まれ育った一か所を故郷として語る代わりに、移動そのものを自分の宿命として引き受けます。これは旅への憧れだけではなく、住まいも学校も変わり続けた幼少期の実感から出た言葉です。
居場所が一つに定まらない人生を、不足だけで説明しないところに強さがあります。変えられない来歴を否定するより、それが育てた視線を見つめ直す。そんな読み方もできるでしょう。
2. 故郷を場所だけで考えない
故郷に入れられなかった両親を持つ私は、したがって旅が古里であった。
出典:『新版 放浪記』
両親が生地へ戻れなかった事情をたどりながら、芙美子は「旅が古里」と記します。故郷は地名ではなく、家族と歩いた時間や、繰り返し見た道の感覚にも宿るのでしょう。
私には、帰る場所を持てない悲しみを、移動の記憶へ静かに編み直した一節に読めます。根を持つとは、一つの土地から動かないことだけではありません。
3. 孤独は幼い頃から始まった
四年の間に、七度も学校をかわって、私には親しい友達が一人も出来なかった。
出典:『新版 放浪記』
転校の回数と友人の不在を、芙美子は飾らず並べています。後年の放浪や孤独は文学的な演出ではなく、幼い頃から続いた生活の条件でした。
心理学では、所属感、つまり自分が集団の一員だと感じられることが心の安定に関わると考えられています。所属を得にくかった経験が、人の寂しさや町の片隅へ向く芙美子の観察を深くした可能性はありますが、作品だけから因果を断定することはできません。
4. 苦境の中にも元気な自分がいた
そのころの私はとても元気な子供だった。
出典:『新版 放浪記』
煤けた炭坑町、工場仕事、行商の記憶を語った後で、芙美子は幼い自分を「元気」と振り返ります。苦労の多い過去を、悲惨さ一色に塗らない短い言葉です。
つらい環境にいた人が、いつも暗かったとは限りません。遊び、好奇心、身体の力も同時に存在します。人の過去を一つの感情へ単純化しないために、覚えておきたい視点です。
5. 貧しさの中の大胆な夢
私の唯一の理想は、女成金になりたいと云う事だった。
出典:『新版 放浪記』
周囲で朝から晩まで金の話が続く暮らしの中、芙美子の夢は率直でした。高尚な理想に言い換えず、貧しさから抜けたい欲望をそのまま書いています。
夢には、育った環境の切実さが映ります。いま持つ目標が俗っぽく感じられても、何から自分を守ろうとしているのかまで考えると、その奥にある願いが見えるかもしれません。
後の作家としての成功を知る私たちは、この一文を予言のようにも読めます。ただし当時の彼女に見えていたのは、まず今日を生き延びる道でした。
読書と言葉との出会い
6. 詩は心を温める
自然に、私は詩が大変好きになりました。
出典:『文学的自叙伝』
雨の日に教師が読んでくれた外国詩を聞き、芙美子は詩へ近づきました。理解を急ぐより、目を閉じて言葉の響きに聞きほれた経験が出発点です。
好きになることは、必ずしも説明できることから始まりません。音やリズムに先に心が動き、意味は後から育つ。読書にはそんな順序もあります。
7. 悲しみも喜びも歌にする
燃えあがる悲しみやよろこばしさを、不自由もなく歌える詩と云うものを組しやすしと考えてか、埒もない風景詩をその頃書きつけて愉しんでいました。
出典:『文学的自叙伝』
若い芙美子にとって詩は、激しい感情を縛られずに言葉へ移せる形式でした。後から「埒もない」と評していても、書くことそのものを愉しんだ時間は消えません。
上手に書こうとする前の文章には、感情の勢いがあります。完成度を問わず一行だけ残すことが、言葉と再び近づく入口になる日もあるでしょう。
8. 寒い夜にも本を読む
寒い晩などは、焼けるようなカイロを抱いて、古本に読み耽りました。
出典:『文学的自叙伝』
夜店に立ちながら古本を読む姿には、生活と読書が分かれていません。整った机も十分な時間もなく、それでも芙美子は本の世界へ入っていきました。
個人的には、「読む環境が整ってから」と待たず、手元にある一冊を開く姿に励まされます。まとまった時間がなくても、数頁は日常の景色を変えることがあります。
9. 乱読も道になる
私の読書ときたら乱読にちかく、ちつじょもないのですが、加能作次郎と云うひとの霰の降る日と云うのを不思議によく覚えています。
出典:『文学的自叙伝』
芙美子は自分の読書を、秩序ある教養ではなく「乱読」と呼びます。それでも、一つの作品は長く記憶に残り、後年の評価にまでつながりました。
認知心理学では、既存の知識と強く結びついた情報ほど思い出しやすいと説明されます。体系的でない読書でも、自分の生活と響き合った一節は深く根づきます。読む順番より、何に心が止まったかを記録しておくのもよい方法です。
10. 図書館を放浪する
この頃から、私は図書館を放浪しはじめ上野の図書館へは一年ほど通いました。此様に私にとって愉しい時代はありませんでした。
出典:『文学的自叙伝』
住まいを転々とした芙美子は、図書館でも「放浪」します。ただし、ここでの放浪は苦しさではなく、知りたい本へ自由に移る喜びを帯びています。
場所の記憶は、そこで繰り返した行動と結びつきます。読むための席や時間を一つ決めると、そこへ戻るだけで集中しやすくなることがあります。
外の世界に定まった居場所がなくても、本の間には一時の住まいがつくれる。図書館の静けさが、芙美子に与えたものは小さくありません。
書くことと努力
11. 売れなくても書いていた
私は、その頃童話のようなものを書いていましたが、これは愉しみで書くだけで少しも売れなかったのです。
出典:『文学的自叙伝』
作品が売れない事実と、書く愉しみが同じ文に置かれています。評価や収入につながらなくても、書く理由が完全に失われたわけではありません。
結果が出ない期間には、続ける意味を疑いやすくなります。外からの反応とは別に、自分が何を確かめたくて続けているのかを一度言葉にすると、次の一歩が少し具体的になります。
12. 努力だけが残る日
才能もない人間には努力より他になく、この年頃から、私はようやく、何か書いてみたいと思い始めました。
出典:『文学的自叙伝』
自分を厳しく評しながらも、芙美子は努力を手放しません。「何か書いてみたい」という願いは、大きな自信ではなく、辛い生活の底でようやく芽を出しました。
私は、才能の有無を決める言葉より、「ようやく」という時間の重さに惹かれます。始まりが遅いと感じても、今日書いた一段落は、その人にとって確かな開始です。
13. 売るあてがなくても原稿を書く
私は、まるで大洪水に逢ったように、売るあてもない原稿の乱作をしました。
出典:『文学的自叙伝』
読書から受けた衝撃が、原稿の「大洪水」へ変わります。計画的な修業というより、書かずにいられない勢いが先にありました。
量を重ねれば自動的に名作になるわけではありません。それでも、形にして初めて見える癖や弱さがあります。粗く始め、後で選び直す方法も、創作を止めない知恵です。
14. 初めての稿料が身に沁みる
私の雑文は、詩も随筆も小説も、みんな一つとして満足に売れたことはありませんのに、改造社から、稿料を貰った時はひどく身に沁みる思いでした。
出典:『文学的自叙伝』
断られ続けた原稿が初めて対価になる。その喜びを、芙美子は成功物語の華やかさではなく「身に沁みる」と表しました。生活苦を知る人にとって、稿料は承認であると同時に、明日の食事でもあります。
努力が報われる瞬間は、過去の失敗を消しません。むしろ、積み重なった時間があるからこそ深く届きます。小さな成果でも、急いで次へ進まず受け取る時間があってよいでしょう。
15. こつこつ続けるしかない
帰って来ても、相変らず孤独で、いずれのグループにも拠っていないのですが、こつこつやって、努力するしか仕方がないと思っています。
出典:『文学的自叙伝』
欧州から帰った後も、芙美子の孤独は解消されませんでした。所属や後ろ盾がない現実を認めたうえで、日々の仕事へ戻っています。
継続を支えるのは、いつも高い意欲とは限りません。決まった時間に机へ座る、昨日の一頁を開くといった小さな手順が、気分に左右されにくい足場になります。
「しか仕方がない」には華々しさがありません。しかし、華々しさのない反復こそ、作品を最後まで運ぶ力になることがあります。
孤独と旅の心
16. 自分の一切に絶望する
私は、孤立無援の状態で、自分の一切に絶望していました。
出典:『文学的自叙伝』
作家として歩き始めた時期、芙美子は仕事だけでなく「自分の一切」に希望を失ったと書きます。孤立の苦しさを、後の成功で薄めずに残した言葉です。
心理学でいう自己効力感は、自分が行動を遂行できるという感覚です。失敗や孤立が続くとそれは弱まりやすいものの、芙美子の後の歩みを見れば、感覚が失われた時期と能力そのものは同じではないとわかります。苦しい日は、将来全体ではなく次の作業だけを決める方が安全です。
17. 遠くへ行きたいほどの不安
仕事してゆく自信、生きてゆく自信がなくなり、どこか外国へ行ってみたくて仕方がありませんでした。
出典:『文学的自叙伝』
自信を失ったとき、芙美子の心は外国へ向かいました。旅は希望であると同時に、いまいる場所から離れたい切迫した願いでもあります。
環境を変えることが答えになる場合もあれば、苦しさがそのまま同行することもあります。移動を美化せず、その二面性を認めている点に、この回想の誠実さがあります。
18. 考えるために旅へ出る
大いに考えるつもりでもあったのです。旅の間中、小説を書きたいと思いました。
出典:『文学的自叙伝』
『放浪記』の印税を得た芙美子は、すぐ旅へ出ます。消費のためだけではなく、考え、小説を書くための移動でした。
私には、旅を休息と仕事のどちらかに決めつけない姿が芙美子らしく感じられます。知らない景色の中で、思考が動き出すこともあります。
19. 長い旅は郷愁を呼ぶ
實際、長く旅をつゞけてゐると、何かに滿たされたい想ひで、その徴候がいちじるしく郷愁をかりたてるものだ。
出典:『屋久島紀行』
移動が長くなるほど自由になるとは限りません。芙美子は、満たされなさが郷愁を強めると気づきます。恋しいのは特定の土地だけでなく、安心して立ち止まれる感覚なのかもしれません。
新しい刺激には注意を引きつける力がありますが、慣れない状況が続けば心は疲れます。旅先でも睡眠や食事、連絡する相手など、小さな日常を保つことが心の支えになります。
20. 風景の中でも心は先へ走る
私はだが不幸な旅人であるらしい。此樣な風景を見ても、私の心は先きへ先きへと走つて、同行の女性にも氣の毒なほど默りこくつてゐる。
出典:『摩周湖紀行』
美しい景色の前に立てば、自然に幸福になるとは限りません。芙美子は、目の前を味わえず先へ急ぐ心を「不幸な旅人」と呼びます。
心ここにあらずという状態は、考え事へ注意が奪われ、現在の感覚が薄くなることです。無理に感動しようとせず、風の冷たさや一つの色だけ確かめると、現在へ戻る細い道になる場合があります。
感動できない自分を責めないことも大切です。景色が届くまでには、その人なりの時間があります。

